死者の就活: プログラマーから社内ニートに転落した主人公は新卒採用を担当することに。そこにコミュ障ハッカーが応募してきたけれど……。就活の内幕を採用担当者の立場から赤裸々に告発する問題作。
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Japan's Hilarious Recruiting

A fictional story written in Japanese.

死者の就活

あらすじ プログラマーから社内ニートに転落した主人公は新卒採用を担当することに。そこにコミュ障ハッカーが応募してきたけれど……。就活の内幕を採用担当者の立場から赤裸々に告発する問題作。

1

死生観があやふやなまま死んだものは、死後の世界で、生前の習慣を繰り返すだけの存在になる。

死者の国の首都は、リクルート社の本社と、リクルート社に採用業務を委託している企業が集積した都市である。そのうちの一社、七森ソフトウェア株式会社は、従業員数が100人弱で、業務ソフトウェアの受託開発を主な業務としている。

私、歳納 京 (としのう けい) は岩手県立大学のソフトウェア情報学部を卒業して七森ソフトウェアに入社したものの、職場の人間関係に馴染めなかったうえ、勤務時間中にネットサーフィンしているのがバレたため、社内失業者となった。ソフトウェア開発からは外され、今は人事部付の雑用係となっている。

自他ともに認める社内失業者とはいえ、単純作業であれば仕事はそれなりにある。今年からリクルート社の新卒採用サイトに登録したためで、人事部の計画する採用人数は5人であるのに対して、すでに5000通を超えるエントリーシートが提出されている。これを1次面接までに決済する必要がある。私は合否の判断さえすれば、お祈りメールはリクルート社の担当者が出してくれる。契約では、エントリーシートの合否判定もリクルート社の担当者が行うパックになっているが、せっかくここに社内失業者がいるので、私が引き受けている。

エントリーシートはデジタルなので任意の条件でソートできる。まず見るのは学歴だ。東大早慶はゼロ。リストの先頭に来るのは、東京工業大学大学院情報理工学研究科計算工学専攻修士課程修了見込の赤座 燕 (あかざ つばめ) である。赤座のエントリーシートの「学生時代に打ち込んだこと」欄は、「ウェブアプリケーションの開発と運営、機械学習によるレコメンデーションの開発など」と、技術的なことはあっさり流して、字数を稼ぐためにボランティアとサークル活動のことが書いてある。これだけの情報だが、私には思い当たる節がある。「不買運動ウェブ」というウェブサイトの公式が、ツイートにちょいちょい就活disを混ぜてくるので、何かの間違いで我が社に応募してこないか楽しみにしていたのだ。不買運動ウェブには「あなたにぴったりの不買運動」という機能があって、そのレコメンデーションアルゴリズムを独立したプロダクトとしてオープンソースにしていたから、エントリーシートの記述にちょうど当てはまる。

私はさっそく赤座に電話をかけた。はたして、不買運動ウェブの開発者に間違いなかった。とりあえず、採用で不利にはならないと伝えておいた。ただし有利にもならない。社内失業者にそのような権限はない。

2

エントリーシートの処理が1000件まで完了したところで、リクルート社の担当者との定例ミーティングを迎えた。リクルート社の担当者は杉浦綾乃 (すぎうら あやの) という女性である。会社の会議室とはいえ、若い男女が二人きりとなれば劣情を感じなくもない。ただし、本来であれば、死後の世界に性欲は不要なものだ。もしあるとすれば、生前の記憶を引きずっているにすぎない。

赤座のことを話してみたものの、杉浦にとって赤座の実績はマイナスにしかならないらしい。杉浦によれば、赤座のSPIの成績は、能力検査の得点が高すぎ、性格検査の得点が低すぎるという。能力検査では、赤座の成績は高学歴群の中でも上位25 %以内である。ここまで思考能力があると、七森ソフトウェアでは明らかに周囲から浮いてしまう。性格検査は、すでにマニュアル化された対策が出回っており、満点を取るのが当然、1問でも間違いがあると社会性に欠ける人間と判断せざるを得ないという。ちなみに赤座の性格検査は3問間違いであった。

ここで私は食い下がってみた。ウェブアプリケーションを開発する技術力がある。有り物の組み合わせだけではなく、レコメンデーションシステムは独自実装だと。杉浦の再反論は、それらの技術が七森ソフトウェアの業務で役に立つのか、というものだった。確かに、プログラミング言語やツールは、我が社で使用しているものと一つも重複していない。この点についてはさらに思うところがあるのだが、私は杉浦に先を話させた。

杉浦によれば、SPIの性格検査の結果は致命的で、役員面接でOKが出る可能性はゼロ、役員に会わせるだけでも失礼にあたるレベルだという。役員に失礼を働くことを怖れるのは被雇用者の習性で、杉浦はそれを踏まえたうえで言っているのだろうが、私の場合に限れば、いまさら何をしたところでこれ以上立場が悪くなりようがない。とはいえ、役員面接でOKが出る可能性はゼロという部分に関しては、全面的に同意する。いまさら赤座に無駄な時間を使わせるべきではあるまい。

私は赤座に電話して、杉浦の言葉をそのまま伝えた。赤座はこの件をブログに書いていいかと言ったので、七森ソフトウェアの名前を出さないようにしてくれと伝えた。これが原因で自殺でもされたら夢見が悪いが、死後の世界でその心配は無用だ。

3

エントリーシートを提出した5000人のうち、上位1000人は1次面接、その下の3000人はグループワークを受けさせることになった。書類選考の時点で選考対象は100人前後まで絞り込んでいるのだが、我が社に少しでも良い印象を持ってもらうため、形だけの面接をしてから不採用を通知することになっている。グループワークにすら呼ばれない1000人は、エントリーシートの内容が明らかに異常か、単に誤操作でエントリーしたと思われる応募者である。

1次面接は杉浦と私で500人ずつ等分した。赤座は杉浦の組になった。赤座には前もって結果を知らせてあるが、記録によれば、赤座は1次面接を定刻通り受けたらしい。

杉浦はリクルート社の担当者で、七森ソフトウェアの社員ではない。私は七森ソフトウェアの社員ではあるが、今の立場は人事部付の雑用係だ。赤座は、あるいは他の就活生は、どのような気持ちで1次面接を受けたのだろうか。

4

杉浦からメールが届いたが、文面からすると船見 (ふなみ) 社長に宛てたものらしく、私に届いたのは誤送信だろう。船見というのは七森ソフトウェア株式会社の創業者で代表取締役社長だ。具体的な引用は避けるが、卑猥な言葉で密会をねだる内容である。

さっそく杉浦に電話して、事情を説明してもらわねばならぬ。仕事柄、就活生にメールを送る機会がきわめて多いのだから、メールの誤送信といえども致命的なミスになりかねない。

確かにメールの誤送信であることを確認したあと、杉浦には嫌味の一つでも言いたくなった。顧客企業の担当者の心証にも、もう少し気配りが欲しいと。すると、リクルート社のサービスの導入を決めたのは社長だ、何の権限もないあなたとなぜ寝なければならないのか、と杉浦は反論した。そうは言われても、別に私からセックスしてくれと頼んだわけではない。ところで、実際に使う人ではなく、導入を決める立場の人に向けて機能を作り込むことは、ソフトウェア開発でもよく目にする。

死後の世界に、セックスと性欲は本来は必要ないものだ。だから、他人の下半身事情に異議を唱えるつもりはない。ただ、船見社長は私に再チャレンジのチャンスをくれた恩人だ。たとえそれが人事部付の雑用係という形であっても。だから、こんな女に引っかかって性欲を満たすようでは興醒めだ。それに、セックスの相手を選好するにあたって、還暦を過ぎたジジイに負けたとあっては男としての沽券に関わる。

5

杉浦が出したお祈りメールは赤座にも届いたことだろうし、赤座と連絡を取って会うことにした。もう採用担当者としての立場ではないから、私が東京工業大学に出向く。ホモではないかと疑われてもおかしくないが、赤座はそういう疑いを持たないらしい。

赤座とは大学構内のスターバックスで待ち合わせた。私はスーツにネクタイの服装だが、大学の敷地内では、どちらかというと就活生に見えるだろう。コーヒー代は私のおごりだ。グループワークの消耗品をネット通販で買うために、人事部長のクレジットカードを預かっている。人事部長は営業を兼ねていて、いまは出張に行っている。ということは、現在、私の勤務時間を管理する者はいない。赤座も今学期はほとんど講義を取っていないので、平日昼間に会うのが確実だ。現世であれば何らかの犯罪になりそうだが、死後の世界に現世の法律は適用されない。

まず、七森ソフトウェアでの現在の私の立場を正直に話した。失敗事例の知識も、何かしらの役には立つだろう。あとは、不買運動ウェブについて、私が聞きたかったことを聞いた。

不買運動ウェブのユーザーとして印象深かった出来事は、あるユーザーが「店員の対応が悪かったから」という理由で不買運動を登録したとき、コメント欄が炎上した事件だ。この件に関して運営は沈黙を守っていたが、あるツイートがきっかけで、炎上は急速に沈静化した。そのツイートは、「不買運動ウェブの目的は貨幣経済への抵抗であり、貨幣の使用を減少させるならば、個々の不買運動の動機は何でも良い。」というものだ。

赤座によれば、このツイートは、結果的にベストなタイミングで出されたものの、炎上事件を意識したものではなかったという。単に、サイトを開設した当時から考えていたことを明文化しただけであった。事実、ブログでは当初から同様の主張がなされていたが、長文ゆえにほとんどのユーザーは読んでいなかったと思われる。

不買運動ウェブは本当に赤座が一人で運営していたのだろうか。資金面では、自宅サーバーはAWSを借りるより安く済み、ドメイン名とサイト証明書も、業者を選べば十分に安くできるという。サークルの後輩にプログラミングを頼んだこともあったが、その後輩はすぐにバイトが忙しくなってやめてしまった。赤座は実家暮らしで、学費も親に出してもらっていたため、不買運動ウェブの開発に集中できたのだそうだ。

ちなみに、赤座が私を (性的な意味で) 警戒しなかったのは、私のツイッターアカウントを把握していて、萌えアニメのキャプチャーを貼り過ぎなので絶対ロリコンだと思った、とのことである。

6

杉浦は技術的なことに関しては無知であるようだが、赤座の能力が七森ソフトウェアの業務に役に立たないと言ったのは、偶然にしてはよく言い当てている。

不買運動ウェブのサーバーのプログラミング言語は、クライアントサイドは複数の言語をJavaScriptに変換して結合しており、サーバーサイドはC++とPerlが入り混じっている。データの永続化はSQLを使わず、ファイルシステムの排他制御で実装されている。バージョン管理システムはGitで、GitHubではなく自前でホスティングしているのは「ロシア政府に対する抗議」らしい。全般的に、最先端の技術を追うのではなく、手近にあるものを使うという印象だ。

対照的に、我が社のソフトウェア開発では、バージョン管理システムは普及しておらず、ソースコードをメールで送受信するとか、Windowsの共有フォルダにあるコードが最新であるといった状況が普通である。まれにバージョン管理システムを使用する案件はあるが、使うのはせいぜいMicrosoft Visual SourceSafeであり、TortoiseSVNですら奇異の目で見られる。データベースは、Oracleしか触ったことがない人がほとんどで、MyやPostgreを使う機会は、既存案件の引き継ぎに限られる。プログラミング言語はJavaアプレットとTomcatで、要するにJavaだ。ここまで重複がないのは、偶然にしては振るいすぎている。

言語やツールが違っても、普遍的なプログラミングの能力は存在すると思う。我が社には、収支と日程を管理する人間と、納期までにコーディングと単体テストを完了することのみを期待されている人間しかいないが、プロダクトを無から作り出した経験のある人がいてもいいし、それによって何らかの良い変化がもたらされると思う。もっとも、社内失業者の立場で言っても、何の説得力もない。

7

赤座と話してから数時間後、今度は赤座が所属する研究室で会うことになった。赤座のPCのディスプレイには、見慣れた場所の映像が表示されている。我が社の会議室だ。

「メールの文面を見る限り、二人が会っていたのは七森ソフトウェアの社内とみていいですよね。私は人の顔を覚えるのが苦手なので、誰が映っているか見てもらえますか?」

映像が暗いが、あられもない姿で映っているのは、まぎれもなく杉浦と船見社長だ。高価なテレビ会議システムが導入されているので、二人の喘ぎ声もはっきり聞き取れる。

「VPNは既知の脆弱性が放置されているし、テレビ会議システムのアドミンパスワードはローマ字可読なので、辞書攻撃で5秒で破れました。」

余談だが、私はそれらのパスワードを知っている。我が社のadministratorパスワードはほとんど共通で、もう何年も変更されていない。

しかし、これは愉快な映像が手に入った。社長に見せて赤座に内定を出してもらおうか。それとも、杉浦を脅して童貞を捨てさせてもらおうか。なお、言うまでもないが、私も赤座も童貞である。

赤座の考えは違った。

「いま海外のハクティビストの間で日本のシューカツがトピックになっているんです。採用担当者と就活生のハメ撮りが流出すればベストですが、リクルート社の枕営業も十分インパクトがあると思いますよ。」

ところで赤座よ、同一人物による会話文が連続するとき、その間に置かれる地の文に何を書いたらいいか困るとは思わないか?

「この映像を公表して、リクルート社に対する不買運動を呼びかけます。」