Permalink
Switch branches/tags
Nothing to show
Find file Copy path
Fetching contributors…
Cannot retrieve contributors at this time
263 lines (131 sloc) 33.8 KB

Kamikaze Jinja Island

A fictional story written in Japanese.

カミカゼ神社ハイスクール

あらすじ 離島の高校を舞台に宗教戦争が勃発。生き残るのは、神道か、仏教か、潜伏キリシタンか? すべての宗教行事と葬儀の廃止を主張する合理主義者も介入し、事態は混迷を極める。

語り手について 語り手が川内楢葉または歳納京である節は語り手を明記しない。5, 11, 12, 15 節の語り手は、それぞれ千代田まどか、立野香菜子、赤座燕、東雲青海である。

1

福島県浜通りの海岸は南北に線を引いたようであり、その中心には、かつて巨大な産業が置かれた。

海洋プレートが蓄積する弾性エネルギーは有限であり、1回の地震で放出されるエネルギーには理論上の限界がある。その上限に張り付いたマグニチュードを持つ事象が、私たちの町を止めた。

私たちの家族は家を失い、いまから7年前、この島に引っ越してきた。周囲を海に囲まれながら、津波への備えがなく、その必要もない、穏やかな島に。

2

巨頭島(こずしま)は人口4500人の離島で、1日2往復のフェリーが唯一の交通手段である。行政区分としては、本土の市街地および複数の離島とともに、西陽市(さいようし)の一部である。島には桜川(さくらがわ)、坊浦(ぼううら)、箱崎(はこざき)という集落があり、この順に大きい。主な産業は漁業で、わずかな農地であった棚田は、ほとんどがみかん畑になっている。島の中央には、山を切り開いて作った高校がある。

巨頭島高校放送部の部員は、部長の高橋まつり(たかはし・まつり)さんと、副部長の私。それに、正式な部員ではないけれど、千代田まどか(ちよだ・まどか)さんが放送作家とインターネット配信を担当している。千代田まどかさんは「オボカタ」をハンドルネームにしている。参考までに、私のフルネームは川内楢葉(かわうち・ならは)。

「こずー。巨頭島高校放送部、部長のマツリです。」

「こずー。同じく副部長のナラハです。」

『こずー。放送作家のオボカタです。』

オボカタさんがパソコンのキーボードを叩くと、運営コメントとして視聴者の画面に表示される。

「今日の最初のおたよりは、さばんなちほーの能登ダディ子さん。えー、できれば実在する都道府県名を書いてほしいですね。女性の方でしょうか?『彼氏が避妊してくれません。どうしたらいいでしょうか?』一発目から重いやつですね。作家さんが満面の笑みでうなずいています。後で体育館裏(笑)。ナラハさん、どうでしょうか?」

「経口避妊薬を服用すべきだと思います。日本では医師の処方を受ける必要がありますが、最も確実な方法です。どうしてもという場合には、インターネットで買う方法もないではないのですが、ちょっとアングラになりますので、あとで比較的安全と思われるアドレスをDMします。作家さん、お願いできますか?」

オボカタさんは面倒そうな表情をしたが、OKのサインを出した。

「私は彼氏さんとよく話し合い、まずはお互いの信頼を深めるべきと思います。恋愛は、成熟した男女が、深い信頼関係によって結ばれるべきと思います。まずはそのような深い関係を築いていくべきではないでしょうか。」

「しかし、人間の注意力に依存する安全対策は必ず失敗します。チェルノブイリもスリーマイル島もそうでした。特に男性が必ずしも協力的でない場合には、最も確実な対策として、経口避妊薬の服用をお勧めします。」

オボカタさんから巻きの指示が入った。次のお便りは私が読む。

「次のお便りは、東京都のトデス子さんからです。『修学旅行で伊勢神宮に参拝するのですが、家の宗教の事情で、他の宗教施設を参拝することには抵抗があります。しかし、一人だけ参拝せずに目立ってしまうのも嫌です。どうしたらいいでしょうか?』まず私の意見ですが、これは参拝すべきです。なぜなら、現代人にとって、宗教はもはや何ら重要な役割を持っていないからです。そのため、いかなる宗教施設も、過去の人々の風習や思考パターンを知るための文化遺産とみなすべきであり、それを見ることに心理的な抵抗を感じる必要は一切ありません。では、マツリさん、いかがでしょうか?」

「私も参拝すべきだと思います。私も家が神社なのですが、海外からの観光客の方なども参拝していかれますし、いかなる宗教、宗派に属していても、参拝をお断りすることはありません。他の宗教の施設に参拝することを禁止したり罪悪感を持たせたりするのは、狭量な宗教のすることだと思います。トデス子さんはご心配せず、お伊勢様を参拝してはいかがでしょうか。」

放送部のインターネット配信は楽天SHOW ROOMというプラットフォームを利用している。特徴として、視聴者がリアルタイムでコメントできるほか、無料アイテムや有料アイテムを投げることができる。オボカタさんが、きわどい内容のお便りばかり選ぶのも、アイテムがたくさん飛んでくるのに気を良くしているからだ。

3

オレは歳納京(としのう・けい)。この小説は語り手が頻繁に交代する方針なので、オレの失恋の話を聞いてほしい。

オレは高校に入ってすぐ、高橋まつりと付き合い始めた。キスもセックスも飽きるほどやった。まつりが激しく求めるので、オレも必死になって応えた。

それが、東京から転校生が来て、まつりはそいつに乗り換えたらしい。オレはフラれた。

オレはまつりがスペック厨なのではと疑ってる。オレの住んでる家は坊浦ではいちばん大きい。それでも騒ぐほどのものではないし、ジジイもババアも住んでるから実質的には狭いけど。

東京がそこまですごいのかは正直わからない。東雲青海(しののめ・あおみ)の親は内閣府参事官で、離島強化事業という曖昧な名目で島に来ている。いきなり畑に一軒家を建てて移り住んだのはびっくりした。この島には賃貸住宅なんてないからな。

4

いまパソコン部ではパナマ文書が流行ってる。

オレはパソコン部の部長で、他に部員は、立野香菜子(たての・かなこ)、赤座燕(あかざ・つばめ)がいる。あと、千代田まどかは、部員ではないけどパソコン部の部室に入り浸ってる。千代田まどかは科学部と新聞部の部長だけど、それは他に部員がいないからだ。

パナマ文書は赤座がインターネットのどこかから持ってきた。パナマ文書は、パナマで登記された企業の取引を記録した巨大なリストで、パナマの企業がタックスヘイブンやマネーロンダリングによく使われることから注目された。

赤座は隠れマルコフモデルを使って日本人らしい人名を抽出するプログラムを書き始めた。千代田まどかはテンソルフローを動かすと言い出したはいいが、巨大なRAMとGPUを買って満足している。オレはパナマ文書を曖昧に眺めつつゲーム作ってる。立野は建築の写真集を見ている。

そうこうしているうちに赤座が何か発見した。高橋まつりさんの両親と本人が200万円と100万円、計500万円を、パナマの企業に送金していたらしい。その企業のオーナーはスガノ・タモツで、神道親睦会の県会長と同姓同名だ。スガノは同じ日に、250万円を東京の広告代理店に、250万円をモリトモ・ヒロシに送金している。モリトモは一般社団法人木造建築推進協議会の会長だ。

千代田はインターネットでニュースを見つけてきた。東京都が主催する外国人犯罪被害者慰霊塔のデザインコンテストで、高橋まつりさんが優勝している。記事は今日の日付だから、島内ではまだ知らない人が多そうだ。

高橋まつりさんのデザインは、高さ30メートルの木造の塔だった。塔には壁がなく、各階の床を階段がつないでいる。屋根には千木・鰹木を載せ、神社建築からの引用が明らかだ。

立野は不満そうだった。築地本願寺も世界平和記念聖堂も鉄筋コンクリートなのに、神社モチーフの木造建築はアナクロニズムだと。木造建築が国家主義のシンボルとして安易に利用されつつある現状は、建築ファンとして我慢ならないらしい。

ところで、木造建築推進協議会の会長であるモリトモ・ヒロシ氏は、外国人犯罪被害者慰霊塔のデザインコンテストの選考委員長でもある。それなら、いかにも木造建築に見えるデザインが優勝するに決まっている。ただし問題はそこではない。

5

私(千代田まどか)だよ。科学部と新聞部のことは、部長になっただけですっかり忘れてたけど、これは新聞を出すしかない。パナマ文書すごいね。

新聞を全校に配って、放送室に行って、まつりさん、楢葉さんとともに「こちら巨頭島高校ほーそお部」の放送を開始。まつりさんは開口一番、放送作家のオボカタさんとは今日でお別れです、と衝撃発表。私も聞いてないよ!

こんなこともあろうかと、新聞の表側には当たりさわりのない記事を書いて、裏側は時間が経つと読めるようになる特殊なインクで印刷した。科学部だからそういう化学反応のインクを作れる。騒ぎになるにはまだしばらく時間があるはず。

内心めちゃくちゃ焦りながら、いつも通りに放送を終えると、放送室を出たところで立野さんが待ってた。立野さんは私の手を引いて、学校の裏山から、無言で山道を進んでいく。

薄暗い森のなかにスーパーハウスが置かれていた。立野さんは私に、ここに隠れていてほしいと言った。水と食料、着替えは常備されている。夜は蝋燭の明かりがある。ただし、トイレはないので穴を掘ってするしかない。お風呂もないので、立野さんは私の体を拭いてくれると言ったけど、それはお断りした。

ここは箱崎の秘密の会所で、同じような場所が複数あるので、桜川の者には見つからないという。立野さんは「愛する者よ。あなたが、兄弟たち、しかも旅先にある者につくしていることは、みな真実なわざである。」と唱えた。これはヨハネの第三の手紙である。(口調が移った。)

6

インクの化学反応はまだのようだが、インターネットではすでにデザインコンテストの件が話題になっている。増田(はてな匿名ダイアリー)の記事がスラドのストーリーになって、耳の早い人には届き始めている。

ツイッターでは、明らかに立野さんと赤座さんだと思われるアカウントが、この話をしている。立野さんらしきアカウントは、世界最大の木造建築は東大寺大仏殿ではなくメトロポール・パラソルだと論じている。赤座さんらしきアカウントは、外国人犯罪被害者慰霊塔の構文解析が(外国人(犯罪被害者))慰霊塔か((外国人犯罪)被害者)慰霊塔かでコノテーションが180度異なると軽口を言っている。ちなみに、このコンテストの発案者である東京都知事は、外国人犯罪の取り締まりで成果を上げた警察官僚だ。

私はまつりさんに、外国人犯罪被害者慰霊塔のデザインコンテストと、パナマ文書に書かれた不審な送金について、臨時の放送で説明することを勧めた。まつりさんは断った。私は放送を開始した。いつもの放送は校内とインターネット配信に流される。放送部の設備は、それに加えて、島内の有線放送にも音声を流すことができる。

「こずー。巨頭島高校の皆様、巨頭島の皆様、楽天SHOW ROOMでお聴きの皆様、こんにちは。巨頭島高校放送部、副部長のナラハです。この放送は臨時放送です。楽天SHOW ROOMでお聴きの皆様は、事前告知なしでの放送にもかかわらずお集まりいただき、ありがとうございます。本日は、巨頭島の島民の皆様に、提案があります。まず、それに先立ちまして、インターネット配信でお聴きの皆様のために、島内の現状と歴史的経緯について説明します。」

7

巨頭島には桜川、坊浦、箱崎という集落がある。桜川集落には佐久良神社(さくらじんじゃ)があり、高橋まつりさんの家が神主をしている。桜川集落のうちでも佐久良神社に積極的に従っている家は氏子(うじこ)と呼ばれ、氏子のなかでも役員にあたる者は氏子中(うじこちゅう)と言う。坊浦にはかつて寺があったが今はなく、正式な僧ではない者が念仏を行っている。坊浦で念仏を行う者の集団を講(こう)と言い、講のうちでも熱心なものは行者(ぎょうじゃ)、講の代表者を御師(おし)と言う。箱崎に教会はないが、潜伏キリシタンの信仰が今も伝えられており、信仰をオラショ、その世話役をカピタンと呼んでいる。

江戸時代には全島の宗門改(しゅうもんあらため)を坊浦の寺が掌握していた。寺は舟迎寺(しゅうごうじ)を号した。明治時代になって廃仏毀釈の運動が起こると、佐久良神社が先頭に立って坊浦の寺を破壊し、僧侶は島を追放された。坊浦には頭部を破壊された羅漢像やその他の石仏が多数残っている。赤座が調べたところによると、これらの石仏が西陽市の文化財に指定されないのは、いまだに高橋家の圧力があるのだという。

さらに、明治維新から明治政府がキリスト教を許可するまでのわずかな期間に、箱崎にいた多数の潜伏キリシタンが捕縛された。これも高橋家が主導したものと言われている。こうして佐久良神社は全島の氏子調(うじこしらべ)を掌握した。もう100年も前のことだが、坊浦と箱崎の者は、佐久良神社と高橋家に対して思うところがないでもない。

すると、有線放送から川内さんの放送が聞こえてきた。「インターネット配信でお聴きの皆様のために、まず島内の現状と歴史的経緯について説明します。」だそうだ。聞いてみると、図書委員だけあって、郷土資料の読み込みは細かい。オレでも知らないような話がちょいちょい出てくる。例えば、坊浦は天然の良港で、江戸時代には本土と往還する船が出ていたのだが、明治時代に高橋家が桜川に防波堤を築き、西海汽船の航路をここに就航させたのだという。防波堤の建設に坊浦と箱崎の住人を徴用したのも、高橋家が恨みを買った一因そうだ。オレでも知らなかったくらいだから、21世紀になってそれを蒸し返すのは気の毒な気もする。

8

いよいよ情報が島内に広まって、坊浦と箱崎の代表、それに桜川でも高橋家と距離を置いていた人たちが、オレの家の座敷に集まってきた。オヤジは血圧がどうとか理由をつけて、オレを御師(おし)に指名して、家の2階で寝込んでしまった。

集まった者たちは全島一揆を宣言した。そして、オレが全島一揆の総大将に指名された。いきなり御師を継承させられたのも面食らったが、さらに全島一揆の総大将なんて、オレは天草四郎か何かか?

集まったなかには、立野と千代田と赤座もいた。立野は箱崎のカピタンの家に生まれた。祖母は足が悪く、父親は本土の病院に入院している。だから立野が箱崎集落の代表である。千代田は箱崎の会所を抜け出してここに来た。赤座の両親は漁協の寄り合いに出ているという。ちなみに、赤座家が桜川にありながら高橋家と仲が悪くなったのは、赤座の両親が軽井沢の教会で結婚式を挙げたのを、生意気だと嫌がらせを受けたためらしい。

ここに集まったのは大人も老人もいるが、紛争の当事者は高校生になってしまった。高橋の両親は、デザインコンテストの受賞を辞退するかどうかを本人に委ねたそうだから、あちらの当事者も高校生だ。あと、ここにはパソコン部のメンバーが集まりすぎだが、運動部だと佐久良神社の石段でウサギ跳びをさせられたり、佐久良神社の境内を掃除したりといったことがあるので、高橋家に縁遠い家の者はオタクサークルに集まりがちという事情がある。

9

立野は、戦いの前に確認しておきたいことがあるという。箱崎のオラショは、長い潜伏によって、本来のキリスト教からは離れ、独自の信仰を持つようになった。現代のオラショは、知識としてはカトリックの教義を参照するけれども、独自の信仰を継承している。それとは別に、カピタンの家にだけ伝わる秘密の信仰がある。立野はそう明かした。

坊浦も状況は驚くほど似ている。舟迎寺の僧が行う念仏と、講の信仰は、厳密には異なっていた。さらに、講には御師だけが知る秘密の信仰があり、オツタエと呼ばれている。オレはその内容を今日知った。以前、行者の誰かが酒の席で言っていたことと同じだったから、厳密に秘密が守られているわけではないらしい。それでも、少数の者にしか知らされない秘教であることは確かだ。

立野によれば、カピタンの秘教は、「死とはマリアさまに抱かれて永遠に眠ることである」と表現される。最後の審判も、死者の復活もなく、天国も地獄もなく、ただ永遠の眠りがある。

これに対して、御師の秘教はこうだ。「極楽往生とは阿弥陀如来のお膝元で永遠に眠ることである。」これは奇妙な符合だ。この狭い島で、ここまで酷似した信仰が独自に発生することがあるだろうか?

10

高橋家が佐久良神社の境内に氏子を集めているという情報が入った。千代田はドローンを飛ばして偵察している。氏子たちは気勢を上げているが、氏子中は別の場所に向かったらしい。

オヤジに聞いたところ、高橋家は氏子を陽動に使い、精鋭である氏子中は箱崎に向かうという予想だった。箱崎は桜川や坊浦と比べると格段に小さく、また、体の不自由な老人が多い。守りにくい箱崎を襲うことで反対勢力を威圧する意図があるようだ。立野の祖母も同じ意見だという。

立野は、介護用パワードスーツを使って老人を複数の会所に避難させ、体の効く者は山野に散開して、無人になった集落に氏子中を誘い込むという。坊浦は二手に分かれて、一方は箱崎の救援に、もう一方は佐久良神社の制圧に向かう。

千代田が段ボールを開けると、中には大量の催涙スプレーが入っていた。こんなこともあろうかと、科学部の予算で買っておいたと得意気だ。

11

氏子中たちはドローンの追跡を振り切ろうとして時間を浪費した。私(立野香菜子)が箱崎に着いたとき、氏子中たちは無人になった箱崎の家を荒らしていた。さしたる産業のない箱崎には、もとより金目の物はなく、わずかな金品は会所に疎開されている。

私は自宅に戻り、オラショを唱えながら待った。氏子中たちが現れると、私はガソリンの缶を蹴り、流れ出た液体にマッチの火を投げた。氏子総代が私を捕えようとしたとき、一発の銃声があり、彼は火のなかに崩れ落ちた。

祖母は足が悪いが、椅子に座って気配を殺していた。彼女の猟銃に狂いはなかった。殺人という最大の罪を犯しながら、祖母は公然と、神を称える言葉を口にした。

12

漁協のコピー機は古く、出力に複数の筋が入る。私(赤座燕)は議案をコピーし、会議室の机に並べた。父はお茶を用意している。

組合長の呼びかけで理事は全員が集まった。組合長の第一声は「何か質問は?」だった。父は、まずは趣旨説明から、と促した。

議案は、漁協が佐久良神社の祭礼に寄付を行わないことと、境内の清掃などの奉仕活動に参加しないことを規定していた。組合長は、これまで神社のために使ってきた金と時間が丸ごと余るようになる、ならばこの場で飲み潰してしまおうと言って、純米大吟醸だという酒瓶を見せた。理事たちは盛大な拍手で応えた。私は形ばかりの議事録を取り、組合長たちはその場にあった湯飲みや紙コップで酒を飲んだ。

漁協の理事たちは、仲間と合流して人数を増やしつつ、佐久良神社に押しかけた。神社には氏子たちが集まっていて、揉み合いになったが、漁協が勢いで圧倒した。ある者は社殿に土足で上がり、手近な物を壊し始めた。別の者は、のこぎりで賽銭箱を切り、貨幣を投げて遊んだ。ご神体は卑弥呼の乳輪を思わせる曇った鏡で、組合長はそれを靴で踏んで辱め、別の者が石に叩きつけて割った。

13

カピタンの秘教と御師の秘教、これらの信仰は、一人の人物により創作されたのではないか?

赤座は郷土資料のなかにそれに近いものを見出していて、すでに立野にはそのことを伝えていた。赤座によれば、振武寮で上官を射殺し、練習機を奪って逃走した元特攻隊員が、巨頭島に漂着し、坊浦と箱崎でかくまわれたという。その元特攻隊員が元同僚に宛てた手紙とされるものが残されていた。元特攻隊員の名は山片(やまがた)とされていたが、これは親族に累が及ぶのを防ぐための仮名である。

「私は、仏教徒には、死とは阿弥陀如来の膝元で永遠に眠ることであるという説を話した。クリスチャンには、マリア様に抱かれて眠ること、と。島の人々はこの説を気に入ったようだった。」と、元同僚への手紙とされるものには書かれていた。これは本当のことだろうか? 立野の祖母によれば、逃走した元特攻隊員がこの島にいたのは確からしい。桜川は元特攻隊員を捕えることを主張し、私刑を望む者もいた。坊浦は彼を迎え入れたが、桜川の圧力に屈した。箱崎は終戦まで元特攻隊員をかくまい、終戦後は郷里に帰ったとも、箱崎に土着したとも言われている。

オレはどちらでも構わない。御師とカピタンだけに伝えられてきた秘密の信仰が、昭和期に創作されたものだとしたら、拍子抜けする気持ちがあるのが正直なところだ。とはいえ、御師とカピタンが、新しい信仰を他の者たちに伝えることを躊躇したとしたら、内容が内容だけに、その気持ちは分からないでもない。

14

状況は全島一揆に有利に進んだ。オレは座敷で川内楢葉さんの放送を聞いていた。川内楢葉さんは、死者の霊は存在しない、また、死後の世界は存在しないというのが、現代人の平均的な死生観である、と論じた。さらに、精神は脳の化学反応にすぎない、生者にも霊は存在しないという考えも珍しくないと言った。そして、島内の桜川、坊浦、箱崎の3自治会を廃止して1自治会とすること、島内の宗教施設と宗教的な行事を廃止することを提案した。さらに、葬儀と埋葬の廃止を主張した。遺骨が残らないよう高温の焼却炉を導入し、遺灰は地中に遺棄するという。

川内楢葉さんの放送は以下のように締めくくられた。

「1947年の学校教育法施行にあわせて、巨頭島高校が開校しました。このとき、学校の敷地は、島の中央部にある山林を開削して作られており、桜川、坊浦、箱崎のいずれの集落にも属さないことを意図していました。新しい世代が、理性の光をもって全島を照らし、三集落の対立を解決することが、創立当初からの巨頭島高校の務めでした。さらに言えば、私たちの理性は、これら三集落の軋轢の根本原因である宗教的な対立を解消するために、これを完全に廃止することができると、私は信じています。」

島の歴史に残る名演説だ。川内楢葉さんが全島一揆の総大将になればよかったと、オレは漏らした。

「歳納さあ、高橋まつりさんとよりを戻す気はないの?」

やめてくれ。オレはそれだけは絶対に嫌だ。

「もう高橋まつりさんに中出しして子供作って籍入れちゃえばいいじゃん。それで、その子に坊浦と桜川をどっちも継がせればいいよ。」

めちゃくちゃだ。凄惨な経緯で安倍氏と清原氏を継承した藤原清衡のようだ。ある意味では、千代田みたいに度胸のあるやつが、全島一揆の総大将にふさわしい気がする。でも、いまそれを言うのはやめておいた。

オレは川内楢葉に文句を言いに行くことにした。作戦の指揮は千代田がいれば十分だろう。

15

オレは東雲青海.歳納と一人称が同じで口調も似てるから,句読点を変えて読者の便宜をはかることとする.

オヤジがこの島で何の仕事をしているのか聞いてみた.これまでは絶対に教えてくれなかったが,今日はすんなり教えてくれた.

オヤジは内閣府参事官で,離島強化事業という曖昧な名目で島に来ている.本当の目的は,この島にサイバーセキュリティの研究拠点を作ることだった.サイバーセキュリティというのは,サイバー戦争の婉曲表現でもある.内閣府で検討した結果,情報漏洩を防ぐためには離島が最適であるという意見が優勢であった.交通手段が限られており,住民が顔見知りだからである.オヤジの仕事は,その仮説を検証することだった.

サイバー戦争の前線になる可能性があることから,国家主義者が島を掌握していれば,より望ましかった.しかし,今回の騒動で,高橋家が島を十分に掌握できていなかったことが明らかになってしまった.オヤジは否定的な内容の報告書を書き,遠くないうちに島を出ることになるという.

オヤジは,今回の騒動の原因の一端は自分かもしれないと言った.500万円の裏金が賞を取るためだったかは微妙だ.どちらかというと,サイバーセキュリティの研究拠点の選定に向けたアピールだった可能性がある.島にサイバー戦争の拠点ができれば,人が増え,新たな産業が生まれる.ただし,内閣府は,そう簡単に裏金に左右されるような場所ではない.どこかで誰かが,外国人犯罪被害者慰霊塔のデザインコンテストという形でお茶を濁したのだろう.

オレはなんとなく,高校を卒業するまではこの島にいるつもりでいた.オヤジも当初はそんなことを言っていた気がする.実際には,半年もしないうちに東京に戻ることになりそうだ.

オレは高橋まつりと会うことにした.島は大騒ぎになっているが,オレにはオレの大切なものがある.

16

私の放送が実際にどのような影響をもたらすかは分からない。私の提案がそのまま実行されるとは思えないが、島民たちが何らかの意思決定を行うたびに、何かしらの影響は与えることができるかもしれない。

放送室には東雲青海さんが来て、まつりさんに別れを告げた。父の仕事の都合で、すぐに東京に戻ることになると。

「オレはオタクだし運動は苦手だから,東京では声かけてくれる女の子なんていなかったよ.だから,まつりさんと一緒にいられて,とても嬉しかった.」

まつりさんは本気で泣いていた。そして、東雲さんと一緒の大学に行く、と主張した。

「どうせ神社継ぐんだろ.大学なんて行ってどうすんだよ.」

高橋家の経済的地位を考えれば、学費の心配は不要だろうから、大学くらい行っても構わないとは思う。ただし、もし大学が本当に高等教育と知的探求の拠点として機能しているならば、自らの不合理な信仰との相克に苦しめられるかもしれない。

「オレは本来あるべきだったルートに戻る.お前もちゃんと自分の人生を生きろよ.」

校内と島内の放送は切れていたが、インターネット配信はそのままになっていた。「リア充ざまあ」「マツリさん非処女だったんですか。失望しました。ファンやめます。」「カブトムシ食べて」などの心温まるコメントで画面が埋まり、ステージは有料アイテムと無料アイテムで一杯になった。

17

オレは放送室に来た。川内楢葉には聞きたいことがたくさんある。

「葬儀と埋葬を廃止する、高温の焼却炉で遺骨は残らないってのは本気か?」

川内は、その通りだと答えた。

ああ、それだけは駄目だ。廃仏毀釈で舟迎寺が廃されてから、葬式も、遺体の処理も、坊浦では講が担ってきた。それを今になってやめることなんてできない。

立野もいつの間にか放送室に来ていた。そして、ついさっきまで息をして、話していたものなのだから、遺体であっても敬意を持って扱わなければならない、と言った。

これまでの騒動を最初から振り返ってみた。パナマ文書にせよ、元特攻隊員の手紙にせよ、これまで重要な情報は、赤座がインターネットのどこかから拾ってきたものだった。それらをどこまで信用できるだろうか?

赤座には動機がない。もし情報が意図的に作られたものだとしたら、シナリオを書いたのは別の誰かだ。例えば、赤座は科学部にいないときは、図書室にいることが多い。郷土史の資料が充実しているからだ。川内は図書委員なのだから、図書室にいることは何の不思議もない。

18

私は歳納に銃を向けた。福島では、一人の死者も出てほしくないと誰もが願うなかで、何人もの作業員と手配師が同じ銃で撃たれた。そのうちの一つを携えて、私はこの島に渡った。

津波で遺体が見つからなかったり、原発事故で遺体を捜索できなかったりした人を、何人も見てきた。瓦礫に混ざったまま気付かれずに運ばれ、ばらばらになって仮置場で見つかった女の子の遺体を、私は見たことがある。

だから、島民たちが、しかも未来ある若者が、いまさら遺体の処理とそれに付随する儀礼に心を悩ませるのは滑稽だ。

「死者を弔うために銃を向けることは、愚かなことだろうか? あなたがたも、生きている花を折って、死者に手向けることがあるだろう。」

私はわざと狙いを外して撃った。跳弾か壁の破片が私の頬をかすめた。

私は「冗談だ」と言って、銃を床に捨てた。

最後に言い添えておくと、主婦や怪しげな市民団体が放射能の恐怖に怯えるのと、死者の霊や死後の世界を漠然と信じることは、同じ心の働きによるものだ。

私は私のやり方で故郷を弔わなければならない。