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目次


その他

教訓

  • たいていの人は、アイディアを見つけたと思ったら、その時点で作業を終えてしまいます。これだと思ったところから愚直に掘り進んでいくという作業を、普通の人はあまりやろうとしません。ぼくはそこにプロと素人の差があると見ています
  • 人生におけるあらゆる欲求、渇望、野心、嫉妬、そういうものがからんで、物語を次第に形づくっていきます
  • 笑いの世界には「ボケ」と「つっこみ」と「にやけ」というのがあるんです。ボケは、おかしなことをする人。つっこみは、それを批判する人。にやけは、その横でニヤニヤと「バカだねえ、こいつは」という人。ドラマでもこの三種の人物を作ります
  • うまく構成された劇なら喜劇でも悲劇でも、みんな錯覚か誤りを扱っています。その錯覚か誤りが取り返しのつかない(悲劇)、または取り返しがつく(喜劇)行為を誘い、そしてその解明は遅すぎる(悲劇)か、または何とか間に合う(喜劇)のです
  • 本当にすばらしい「驚きの結末」は、読者を単に驚かすだけではありません。それに加えて、書かれていることすべてを再評価させるものです。読者は、新しい光のもとで作品を見直し、すでに読んだものに新しい視点を得ることになります
  • 初心の書き手の「描写」には、色でいえば濃淡がありません。理解してもらえるか不安なので、どのシーンも同じ厚さでべったりと塗ってしまいがちなのです。そのシーンで一番大事なものは何なのか、描写の濃淡で差をつけてみてください
  • 私はいつでも登場人物たちに、彼らが予想していなかった障害物、彼らの計画を邪魔する邪魔物を用意する。人物たちの暮らしが難しくなるだけでなく、彼らを滑稽な状況に追い込む、そんな厄介な状況だ
  • 対立者と悪役の間には、重要な違いがあります。悪役が悪いことをするのは、物語が悪い行いを必要としているからです。対立者には、自分が物語中の悪役だという意識はありません。彼は自分がヒーローだと思っているのです
  • 書き手は、主人公たちのいる「こちら側」だけでなく、敵対者サイドの「向こう側」を動かすことも考えなければなりません。「向こう側」が迫ってきたような手応えがある時、物語は動きます
  • 主題を探している作家は、自分がもっとも愛するものを探すのではなく、自分だけが愛するものを探す
  • 気に入った部分にうっとりしながら自分の原稿を読み直していると、ある箇所で心がもぞもぞしても、(まあ、これでいいだろう)と思ってしまいがちです。しかし、このもぞもぞこそ、それではいけない、という確かなサインなのです
  • まずは、主人公の目的を明確にすることです。目的をはっきりさせることができたなら、その達成を阻止しようとする障害物を設定できます。主人公がその障害物をどのように乗り越えるのかがストーリーです

単語、熟語、その他

  • 王の前で小さくお辞儀をしながら「|陛下《ザ・グレイス》」 王との面会の様子 (ゲーム・オブ・スローンズ第1話26分44秒)
    • 対面の最初に相手の肩書きを呼んで敬意を払った
  • いろいろ=「~な」と名詞に続くときは形容動詞。「~と」「~に」と動詞に続くときは副詞。「様々な色」を言うときは名詞。「色んな」は連体詞
  • 王領
  • 国王証書
  • 王立司教座
  • 従姉=年上の、女のいとこ
  • 酒の精
  • 雷鎚
  • 自由騎士、遍歴の自由騎士
  • 尖筆=(せんぴつ)(Stylus)粘土やろうのような素材に刻み付けるための筆記用具
  • 象牙色の~=日本人と近い肌の色
  • 陸稲
  • 荒原
  • 被毛=一面をおおっている毛。特に、動物の体の表面をおおう毛。「やわらかい被毛の犬」
  • 近侍
  • 独語
  • 賛嘆
  • 杭垣
  • 盛装=華やかに美しく着飾ること。また、その服装
  • 岩壁画
  • 岩窟画
  • 里程標
  • 敏捷
  • 引き具
  • 引き革
  • 加減乗除
  • 悪霊
  • 囲壁
  • 意気軒昂
  • 遺構
  • 黄金文書
  • 河谷
  • 回勅
  • 鎧戸=日本の鎧(肩の部分など)のような細長い板を複数枚並べて作った戸
  • 騎士叙任式
  • 挙行
  • 教権
  • 教説
  • 極刑裁判官
  • 兄弟会
  • 敬慕
  • 警吏
  • 権能と神性
  • 遣外使節
  • 元老院=平民から選ばれた議員で構成する
  • 公会議
  • 公証人
  • 黒の森
  • 砂泥造りレンガ
  • 最終審理
  • 砕屑物
  • 三圃制
  • 司教座都市
  • 司式
  • 四体液病理説
  • 市参事会、参審員
  • 蛇蝎視
  • 首根
  • 呪術師
  • 所感=明確でない思いや考えなどの感じたこと
  • 助祭長
  • 叙任権闘争
  • 松明=松脂と植物の油を混ぜたもの
  • 乗船契約
  • 乗用動物
  • 臣籍降下
  • 枢要
  • 聖戦
  • 聖堂参事会
  • 聖霊
  • 逝去
  • 洗盤=洗面用お|盥《たらい》
  • 選帝侯
  • 祖霊
  • 槍騎士
  • 総長
  • 蛸石=大阪城にある地鎮の守り石
  • 築造=(城・ダム・堤防などを)築きつくること
  • 着座
  • 聴罪司祭
  • 長老
  • 直答
  • 沈泥
  • 頭骨
  • 徳目
  • 拝謁
  • 背面舞踏
  • 不寝番
  • 淵源
  • 文書主義
  • 輪舞
  • 輪踊り
  • 連合王国

閃きや参照

  • 「マスター」はイギリスで未成年の男子に対して使われる、多少古風な一般敬称 【解説】 英王室に新しく男の子誕生、「アーチー」「ハリソン」の意味は
  • 毛皮の布団(ゲーム・オブ・スローンズ 2話)
  • 狂想曲→カプリチオ
  • 協奏曲→コンチェルト
  • 狂詩曲→ラプソディ
  • 幻想曲→ファンタジア
  • 五重奏曲→クインテット
  • 交響曲→シンフォニー
  • 四重奏曲→カルテット
  • 奏鳴曲→ソナタ
  • 鎮魂歌→レクイエム
  • 追奏曲→カノン
  • 夢想曲→トロイメライ
  • 夜想曲→ノクターン
  • 輪舞曲→ロンド
  • 笑曲→スケルツォ
  • |化粧漆喰《スタッコ》
  • |鹿摂食線《ディアライン》=奈良公園のまわりの森が開放的なのはなぜでしょう?確かに森の木々越しに遠くまで見通せます。奈良公園では、木々の約2mより下の部分は枝や葉っぱが全然ないからです。奈良公園の鹿たちが、彼らの口が届く範囲の葉っぱや枝を食べてしまうからなんです。この2m前後の線をディアーライン、または鹿摂食線といいます。約2mというのは鹿が立ち上がって食べられる木や草の高さになります。このディアーラインは、奈良公園ではっきりと確認することができますが、自然に近い森や山でも観察することができます
  • 両開きの自在扉
  • アルモガバル「聴け! 聴け! 鉄が目覚めるぞ!」(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 兵科=装甲、重装、軽装/騎兵、歩兵、弓兵、槍兵/下馬騎兵、騎乗長弓兵、装甲馬に乗った重騎兵
  • 差出人↔名宛人
  • 凶悪な存在はかえって美しい
  • 決断的な迷いない足音
  • 湖畔で発生した大規模ながけ崩れ(標高2000メートルの山)で近隣の街に津波が押し寄せる
  • 生物がほとんど住まない地域=魔素密度が極端に低いとか高いとか
  • 蹄が大きな馬は立派に見える
  • 裕福なものは皆、料理の先進国の料理長を雇いたがる
  • 極端に短い矢=大物や空の鳥には向かない、山兎を狩ったり木の実を落とすためのもの
  • ビジュアルを想像して印象的なものを書く。印象的なものを作って書く
  • 声質は初発言前にしっかり書く
  • 隠修士=キリキウムという粗い山羊の毛で織られた衣服か腰巻きをしている
  • カール・マルテルの騎士軍制
  • 辺境伯=属州長官的な存在
  • |有害な呪術《マレフィキウム》
  • |腸卜者《ちょうぼくしゃ》=生贄の獣の内臓で占いをした占い師
  • レースの前にはお祝いの祭典
  • 勝利のカートが大理石でできている
  • 銀の蹄鉄
  • |蝋《ろう》の仮面
  • 夏の別荘へ避暑に行く
  • アッピア街道
  • 裕福で、雪の上を直に歩いたことがない人
  • ウェスタリス=ウェスタ|女神《じょしん》に身を捧げた処女
  • 古代ローマでは330キログラム輸送用馬車をラバ(夏は8頭、冬は10頭)で引き、騎馬の護衛2名が付いた
  • 古代ローマのクルスス・プブリクス(郵便・駅伝(伝馬)制度)は皇帝の信頼の置けるものしか使用ができず、皇帝専属の国家機密組織としてスパイ組織として働いた
  • 過去の話=おとぎ話
  • 他国の神を服従させる儀式
  • オーガを操って仕事をさせる国/オーガは言葉を持っていないが捕らえて身振り手振りで作業するよう伝える/精神が操られている
  • 加減乗除
  • 木製のカトラリー
  • フットマンが給仕をする。バトラーしかいない館ではバトラーがする
  • カントリー・ハウスの名前=ハードウィック・ホール、ストラトフィールド・セイ・ハウス
  • 城の設備=狭間、狭間窓
  • 聖年 に聖地へ訪れた者に全|贖宥《しょくゆう》を与える
  • |屍《しかばね》を操る術
  • |魔力器官《ガルドラ・オグル》の能力を譲渡する手段の出現
  • |魔力器官《ガルドラ・オグル》を高める手段の出現
  • |弩《いしゆみ》に相当する魔法発射装置、|魔法弩《まほうど》
  • ~と、いうことである。(「と」は前に付く)
  • 「あれはフェアリーだ、あいつらに話しかけたら殺される。目をつぶって地べたに伏せていよう。あいつらのする事を見ちゃいけないんだ」(フォルスタッフ)
  • 「俺にできるのはこれだけだ。全部は背負えない」
  • 「俺は俺の正義に従うまでだ」
  • 〇〇の書(侵略の書)
  • 12世紀末~13世紀初頭のパリ大学では 自由7科(文法、修辞学、弁論術、算術、幾何学、天文学、音楽)、教会法、市民法、神学、医学 が講じられた。13世紀半ばまでには 自由学芸学部、神学部、法学部、医学部 から成る4学部体制となった。主要な授業形式は講義(教師によるテキスト注解)と討論(教師の提出した問題を巡る議論)。13世紀初頭には校舎もキャンパスもなく、授業は教師の自宅、修道院または広場、辻などの屋外で行われた。15世紀初頭には 約4000人 の教師と学生がいて、そのうち700人は貧窮して学生寮で暮らした
  • 15世紀前半まで グラナダ砂糖 が、 シチリアオリエント 産のそれより低価格だった
  • 2国の王子・王女が結婚して1国になる
  • 2大工業地を結ぶ街道と、その途中で開かれる大市
  • アルカディア
  • ある宗教が躍進する理由。権力と結びつくとか、弱者に受け入れられるとか
  • イスラーム当局から通行許可証が交付されるまでの 6日間
  • ヴォーヴェ司教コーションの 司宰 する異端審問裁判所
  • カール大帝のお抱え=鍛冶屋、パン屋、靴屋、車大工、金銀細工師
  • カール大帝の宮廷(アーヘン)にあった礼拝堂=地上階の祭室には聖母マリアの祭壇、1階の祭室にはイエス・キリストの祭壇があった
  • キャラクターの持つ意思を強く出す
  • コキュートス=氷の地獄
  • ごたごたで教皇が2人になる。さらに3人に
  • シャナヒー(seanehaithe)=妖精物語の句碑口伝を生涯の仕事とする人たち
  • シャナヒーは貴族階級
  • シンクレティズム(諸教混交)
  • ダウジング
  • テンプル騎士団がトラベラーズチェックや寄託、貸付などを行っていた
  • ドラゴンに乗って移動するとワープ的に使える
  • パンはとりわけ重要だったらしく、グラナダ王国のジェノバ人居留地では パン焼き窯 が国王から 所有を許された ものだった
  • ブリザード=局地風
  • ボディス=胴衣
  • ボンネット=ヘッドドレス(ブリムと呼ばれるヘッドドレス)
  • マナー・ハウス=荘園領主の領土での邸宅(中世初期)/カントリー・ハウス=領主の領土での邸宅(中世盛期、後期)/タウン・ハウス=領主の王都での邸宅(中世後期)
  • ヨーロッパにおける常備軍は1445年のフランスで作られた勅令中隊が走り。傭兵を専属として雇った
  • ルキア
  • レイ=Lai=物語
  • 異民族の襲来
  • 移動の理由として 巡礼 は大きい
  • 運命を告げる→それを聞いて運命を変えるのなら、やはりそれも運命である。高次の運命
  • 英雄精霊=英雄的活躍をして死んだ人族が精霊王に招かれて妖精になることがある
  • 英雄精霊=国の一大事まで丘で眠っているが、|夏至前夜《ミッドサマーデイ・イブ》には丘の周りで|妖精騎馬行《フェアリー・ライド》をする
  • 疫病による住民の大量死。人口の3分の1~2分の1
  • 遠距離攻撃が可能な魔法に対する弓の存在意義
  • 王子と王女について、男女関係なく生まれた順番の数字で数える。 第1子男、第2子女ならば、「第1王子、第2王女」 とする 第1王子、第2王女とかいう順位の数字についてのリンク
  • 王令=発給する
  • 下賜される↔拝受する(受けること、受け取ることをへりくだっていう語)、拝領する(目上の人から物をいただくこと)
  • 貨幣制度は銀本位制だった。出発点はカール大帝
  • 海港都市、河港都市
  • 外国旅行を敢行する下級貴族
  • 外食でパイ
  • 環状列石、妖精の遺跡のような建造物や巨石
  • 基部、基底部、基壇、基盤部
  • 基本的には悪人だが、まともな取引のできる者
  • 基本的に夜間航行はせず、港に停泊して食料や水を補給した
  • 貴族、騎士=|魔力器官《ガルドラ・オグル》が強い者
  • 貴族の種類=宮廷貴族/領地貴族/職能貴族
  • 貴族は農村近くに城を構えていたが、遠隔地に都市が誕生するとその支配者として都市に住むようになる。こうして、郊外の本宅である城と、都市の中にあるタウンハウスができる
  • 騎士のイメージ=名誉、忠節、誇り
  • 騎士の強さ=武勇、度胸の良さ、武器操作技能
  • 騎士の徳目=宗教、寛大、礼儀、慈悲、厚遇、忠誠、勇気
  • 騎士の徳目=武勇、忠節、気前の良さ、礼節
  • 騎士団(聖界)の掟=清貧、服従、貞潔
  • 騎士団=十字軍の騎士たちが作った団体
  • 騎獣の飼育
  • 宮廷=政治的、軍事的、法的中心地
  • 宮廷広報官の書記が判決文を2時間に渡って読み上げる
  • 強力な王のいない王国で、諸侯が台頭する
  • 強力な傭兵隊の出現
  • 教育は聖職者によった
  • 教会が担った文化の発展(絵画、彫刻、音楽、建築、学問、言語)
  • 教会により毎週金曜日の肉食が禁じられた
  • 教会の隣に墓地の場所があった
  • 教会裁判権と世俗裁判権があり、それぞれが免除される者もいた
  • 吟唱詩人(バードorフィラ)が国民の遺産や国家的出来事を語り伝える
  • 空に近い食物ほど尊く、地中の食物は卑しい(魔素で説明できないか)
  • 空の描写でシーンを切り替えると両シーンを自然に繋ぐことができる
  • 偶然に秘密の核心に触れて明らかになっていく
  • 兄弟による領土の分割
  • 剣を振り薙ぐ
  • 個を確立する前の精霊は存在が希薄で世界との境界が曖昧
  • 孤児、寡婦、病人など「キリストの貧者」を救済する教会
  • 公国を作る
  • 皇帝直属の都市、皇帝都市
  • 国として収められていない地域も多く存在し、そこには異民族が暮らし、そこからしばしば国への侵攻があった
  • 国王会議、国王裁判所、国王顧問官、遣外使節、
  • 国王証書の場合、中心となる内容部分の他に、冒頭に置かれる国王の肩書や証書の宛名、証書を発給する理由、証書を発給した日時や場所、その場に居合わせた証人たちのリストが記された
  • 三身分論=祈る人、戦う人、働く人
  • 使い魔である妖精は12年(シェークスピアによると16年)の年季奉公をする。明けると自由の身になる
  • 使い魔による通信
  • 市民権とかの制度を設定する
  • 死者の蘇生というテーマ
  • 時間を知らせる教会
  • 時間を知らせる神殿の鐘楼
  • 治療に加護のあるアイテム=治療魔法に近い魔法回路が中に存在する
  • 自然災害と貧しい者の大量死。豪雨と飢饉。富裕層は蓄えた食糧を売却して利益を得る。修道院が食糧提供し、国王は高利貸し統制をし、住民の他国への移住をさせる。聖職者は祈ったり贖罪を求めたりした
  • 手工業者の協同組合(クラフト・ギルド)
  • 修道院は土地などの寄進を受けて、寄進者の死後の魂の救済のために祈祷した
  • 従騎士=見習い騎士
  • 重騎兵、軽騎兵、重装歩兵、軽装歩兵、弓兵
  • 女の子を意のままに操る快感。思い通りにドキドキさせたり、ダンスでリードして踊らせたり
  • 女性と子供だけの都市
  • 女性の仕事=パン屋や魚屋、菓子製造などの食品製造業、繊維や蝋燭製造関連の一部の手工業、女中や乳母といった家内奉公人は、これを代表するものである
  • 商取引の交通の要衝で|市場《いちば》が開かれて街が繁栄した
  • 条件で領土の一部を専有して〇〇公領とする
  • 職業の守護聖人や、都市の守護聖人
  • 信用状=為替手形、銀行小切手
  • 振り仰いで視点を変えてみる
  • 神は人間を必要としている
  • 神殿が住民の中心になる
  • 神殿における洗礼、堅信礼、婚姻、葬儀の催事
  • 神秘主義↔合理主義
  • 世襲君主制、選挙君主制
  • 聖なる腸詰めにかけて!
  • 聖パトリックに救われた妖精、次の布教者は聖コラムキル
  • 聖ペテロの象徴である 交差鍵
  • 聖王ウトナピシュティム
  • 専門分化された冒険者ギルドの宿屋(武器の携行が可能)
  • 戦わない騎士団=勲爵騎士団
  • 戦場では決して退却しないという誓約
  • 戦争へ貴族を動員するために特権を認めた
  • 浅浮き彫り、高浮き彫り
  • 船旅での心得=船員へのチップ、家族連れは甲板近くの大きい船室を確保する、飲料水の確保(船長との契約かな?)
  • 他国で迫害される民族が、宮廷の外交担当官として他国とやり取りする
  • 退化した神が妖精になる
  • 隊商ではなく専門的輸送業者を考える
  • 大公国によって構成される国
  • 大神殿建立における石工の職場
  • 大砲的武器の出現
  • 誰しも神に祝福されていて、他の神から災いを受けにくい
  • 地名を「グーファハイフ」、古代語で「湯気の立つ丘」とする。想起:アイスランド語で「湯気の立つ丘」の「Gufahæð」
  • 都市となる地が持つ機能=軍事、経済、宗教、政治など
  • 奴隷は生来の名前を剥奪され、新たに単名(名字のない)を付けられた
  • 冬小麦=冬撒き、夏収穫。春小麦=春撒き、秋収穫
  • 洞窟は音が反響する
  • 日を浴びて|炳《へい》として輝く
  • 農民の1年=農民にとっての1年の始まりはまた異なる
  • 農民の隷属的扱いを開放する政策
  • 拝謁にあたりクラビホ使節団は、マヌエル2世と 言葉を交わすことが許され 、マヌエル2世から 直接返事を頂戴した
  • 貧民=今日的意味での貧民、病人、寡婦、孤児、貧しい未婚女性や老人、奴隷
  • 普段は頼りないが何かの本番になると、すうっと表情が引き締まって完璧にやり遂げる
  • 風、水=神(プネウマ)
  • 歩兵が騎士を倒す場面
  • 放蕩大学生は当時からいて、居酒屋で市民と剣を使った乱闘にまで発展し、警備当局が出動した
  • 放牧地を歩む旅の途中
  • 本質は光
  • 魔王=聖地を占拠している
  • 魔王討伐=十字軍遠征
  • 魔結晶を食べて強力になる魔物(共食いもあり)
  • 魔女狩りを征するのは勧善懲悪の絵にしやすい
  • 魔法文字は魔法作者の間に広まっているが、通常の言葉の文字はあまり広がっていない
  • 魔力波による音声・映像通信
  • 民衆騎士=騎士としての軍事奉公を条件に、貴族特権を認められた平民上層
  • 勇気は知性と結びついて力を発揮するものである
  • 妖精の王と妃=オベロンとマブ
  • 妖精の神性な棲み処=砦、円形土砦、茨の木
  • 妖精はつねる(ピンチング)
  • 流浪の民(ジプシー、ロマ)
  • 例えばドワーフは人族に近い存在
  • 牢獄のある鷹の塔(市壁の一部)
  • 跪く= 右膝 を付く

ルビのある語

  • |瓮《もたい》=酒を入れる瓶(かめ)
  • |学匠《メイスター》
  • |司祭女《セプタ》
  • |双六《テーブルズ》
  • |柄《ヒルト》=剣の把手
  • |築山《つきやま》
  • |教勅《きょうちょく》
  • |旒旗《りゅうき》=戦場で用いる切り込みのある旗(vexillum, gonfanon)
  • |彷徨《ほうこう》
  • |羽筆《ペン》
  • |牽綱《ひきづな》
  • |轂《こしき》=車輪の輻(や)の集まる中央の部分
  • |角灯《ランタン》
  • |駅逓《えきてい》
  • |長躯《ちょうく》
  • |短躯《たんく》
  • |頑是《がんぜ》=是非の区別。分別(ふんべつ)
  • |頑是無《がんぜな》い=1 まだ幼くて物の道理がよくわからないさま。「―・い子供でもこのくらいのことはわかる」2 あどけないさま。無邪気だ。「まだ―・い顔をしている」
  • |鱗皮《りんぴ》
  • |舞妓《ぶぎ》
  • |混凝土《コンクリート》=粘土と石灰と砂を混ぜた漆喰
  • |鞍上《あんじょう》
  • |鉤《かぎ》
  • |知己《ちき》=自分のことをよく理解してくれている人。親友。知り合い。知人
  • |銜《はみ》=馬具の一種であり、馬の口に含ませる主に金属製の棒状の道具である。轡(くつわ)
  • |紅縞瑪瑙《サードニックス》
  • |廠舎《しょうしゃ》
  • |工廠《こうしょう》
  • |敏捷《びんしょう》
  • |堰堤《えんてい》=ダムより小規模
  • |残渣《ざんさ》=絞りかす
  • |活栓《コック》
  • |睦《むつ》
  • |佩剣《はいけん》
  • |馭者《ぎょしゃ》
  • |川鱒《カワマス》
  • |海神の国《エヴァトン》
  • |柘榴石《ガーネット》
  • |紅玉《ルビー》
  • |妖精の丘《フェアリー・ヒル》
  • |泥炭《ピート》
  • |透視力《セカンド・サイト》
  • |赤い帽子《コホリン・ドリュー》
  • |哀感《ペイソス》
  • |妖精の泉《フェアリー・ウェル》
  • |妖精の茨《フェアリー・ソーン》
  • |団隊《パーティ》|
  • |溝渠《こうきょ》=給水または排水のため、水を通すように掘ったもの
  • |地隙《ちげき》=地表が割れて出現した隙間のこと
  • |笈《おい》=書物などを入れて背負う、竹で編んだ箱
  • |線刻文字《ペトログリフ》
  • |遥拝《ようはい》=遠くへだたった所から拝むこと
  • |厭戦《えんせん》
  • |露台《バルコニー》
  • |見遥《みはる》かす
  • |妖精の物語《シーン・スギール》
  • |妖精の棲み処《フェアリー・フォント》
  • |百年祭《センティナリー》
  • |妖精の産婆《フェアリー・ミッドワイフ》
  • |寿《ことほ》ぐ
  • |奏納《そうのう》
  • |里程標《マイルストーン》
  • |宮宰《きゅうさい》
  • |漁労《ぎょろう》
  • |犁耕《りこう》
  • |犁先《すきさき》
  • |樵《きこり》
  • |奢侈《しゃし》
  • |褥《しとね》
  • |櫃《ひつ》
  • |推戴《すいたい》
  • |鉤槍《かぎやり》
  • |徒歩《かち》
  • |職杖《メイス》
  • |鎚矛《メイス》
  • |打擲《ちょうちゃく》=ぶつこと
  • |斧槍《ハルバード》
  • |尖頭靴《ブーレーヌ》
  • |鎖帷子《くさりかたびら》
  • |鎖帷子《チェーンメイル》
  • |墓廟《ぼびょう》
  • |頭陀袋《ずたぶくろ》
  • |円形土砦《ラース》
  • |環状列石《ストーン・サークル》
  • |巨石柱《メンヒル》
  • |支石傘《ドルメン》
  • |取り替え子《チェンジリング》
  • |女族国《アマゾニア》
  • |駅逓《えきてい》
  • |女主人《ミストレス》
  • |呪《まじな》
  • |縹渺《ひょうびょう》
  • |夏至の日《ミッドサマーデイ》
  • |夏至前夜《ミッドサマーデイ・イブ》=丘の周りを英雄精霊が駆け回る
  • |妖精騎馬行《フェアリー・ライド》
  • |書写者《スクリブナー》
  • |異教徒《ペイガン》
  • |十分の一税《ティーンド》
  • |英雄物語《ヘルデンブッフ》
  • |嚆矢《こうし》
  • |成分の本質《フォイゾン》
  • |物語《レイ》
  • |嵐《テンペスト》
  • |使い魔《ファミリエール》
  • |使い魔《サーヴァント》
  • |妖精の輪《フェアリー・リング》
  • |忘却《レイテ》
  • |壁龕《エクセドラ》
  • |風《ゲイル》
  • |守護者《ガーディアン》
  • |魔性の血《エルフィン・ブラッド》
  • |精髄《エッセンス》
  • |低地地帯《ローランド》
  • |高地地帯《ハイランド》
  • |精霊《ペリ》
  • |三角帽子《コニカルハット》
  • |階長《ステアマスター》
  • |凋落《ちょうらく》
  • |口誦《こうしょう》
  • |旱魃《かんばつ》
  • |妖精市場《フェアリー・マーケット》
  • |半人半馬《セントール》
  • |半人半山羊《フォーン》=パーン
  • |片足靴屋《レプラホーン》
  • |石塚《ケアン》
  • |土塚《マウンド》
  • |楽土《エリジウム》
  • |丘《ノール》
  • |侵略の書《レバ・ガヴァーラ》
  • |樫の賢人《ドゥルイド》
  • |土砦《ラース》=住居跡
  • |種族《トゥアハ》
  • |常若の国《ティル・ナ・ノグ》
  • |喜びが原《マグ・メル》
  • |至福の島《イ・ブラゼル》
  • |波の下の国《ティル・テルンギリ》
  • |埋葬丘《トゥムラス》
  • |掘割《ほりわり》
  • |黙示録《アポカリプス》
  • |有害な魔法《マレフィキウム》
  • |水銀合金《アマルガム》

参照

その他

その他

  • 葉っぱは、布団の詰め物用敷藁の代用などになった(森と川 ISBN 978-4-88708-507-7 p.23)
  • 18世紀は1日750g(バゲット3本分)でほぼすべてのカロリーがパンツイート
  • のどごしが良くすっきり爽快、ゴクゴク飲めるのが特徴である ラガー に対し、 エール には芳醇で濃厚な味わいと飲み応えがあります【入門ガイド】「エール」と「ラガー」って?
  • 15世紀ドイツ南部のミュンヘン 。「ビールといえばエール」という時代にあって、彼らが目指したものも、当初はイギリスのようなエールだったのである。「どうもうまくいかないね」「やっぱり、ミュンヘンのこの暑さがね、英国とは違うよ」「それはあるね。いっそのこと、冬の間に夏のぶんも仕込んじまおうか」「それはいいね。洞穴とか寒いところにさ、樽ごとガッと並べちまおうよ」▲ 初期のラガー・ビール こうしたやりとりの真偽の程は大いに疑わしいものの、「低温で長期間、発酵と貯蔵(*1)」をおこなうことで、確かにラガー・ビールは誕生したのである。しかも飲みやすく雑菌の繁殖もない。その評判は16世紀半ばのビール純粋令で、「酵母」をビールの主原料に加え、「下面発酵」こそがラガーを生むと承認されるにいたったのであったラガー・ビールの下面発酵
  • 漆喰とセメントの違い
  • ロシアの名前の知られざる事実
  • トネリコは若い時には半陰樹で、年と共に陽樹になる。成長するにつれ光が必要になる。樹冠が遮られると二股になったり、曲がったりする(ドイツ の森林とその利用 (2)
  • ドイツの森はどんな森か?
  • 居酒屋の数 たとえば14世紀のアヴィニョンでは66軒、1441年ブリュージュでは54軒、16世紀初頭のドゥエーでは100軒あまり、パリには15世紀に200軒ほど、またドルでは1416年に58人あたりに1軒、という高い密度だったという(賭博・暴力・社交 ISBN 4-06-258004-7) 戦争は「美しい季節」(5月から9月に)、しかもあまり頻繁ではなく行われた(賭博・暴力・社交ISBN4-06-25804-7)
  • フン族の馬 については、軽量で短身、足が速かったと伝えられている。また彼らの馬は疲れることなく長距離を踏破したが、たいていのフン族の騎兵は戦時には数頭の馬を連れており、馬の体力を保つために頻繁に馬を交換していた。フン族の軍馬は大抵の場合は雌馬で、 その乳はしばしば遠征中の兵士たちの生命を維持していた また雌馬は雄馬よりも慣らすのが簡単だった。実際、彼らは現代のモンゴル馬の祖先であり、雌馬の馬高は127センチメートルだった。 1度につき2オンス(約57cc)ほどの乳を、1日に4、5回絞ることができた (戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • (フランス)また、 国王大官職は基本的にイル・ド・フランスの王領地内の城主層から補充されていた が、彼らとの力関係からして、その世襲的な継承は王の主体的な権力行使にとって阻害要因となった。~ 彼らの出自は基本的にイル・ド・フランスの城主層であり 、国王大官層との親族関係も認められる。~ 彼らの社会的出自は中央のクリア・レギスの役人たちと同様、基本的に下層の騎士(少領主)層であった (フランスの中世社会 ISBN 4-642-05616-5)
  • 11世紀 フランス)このような傾向は 国王大官層|家令《かれい》senechal、|主馬頭《しゅめのかみ》connetable、執事chambrier、酒蔵係bouteiller )の参席率の上昇の対極をなすものである(フランスの中世社会 ISBN 4-642-05616-5)
  • 16世紀 のイギリス)われわれをはじめとして、 貴族、郷士、学生 などはだいたい 午前11時に昼食をとり、夕食は午後5時、または5時から6時のあいだ である。 商人 の場合、とりわけロンドンでは、 昼食を12時前にとることはめったになく、夕食が午後6時前になることもまずない …… 最貧民階級 では 食べられるときに食べておく のが普通だ(ロンドン 食の歴史物語 ISBN 4-560-02616-5)
  • 14世紀 のイギリス)こうした派手さとは対象的に、エドワード4世の母であるセシル公女――信心深さと倹約で知られる――のような敬虔な人びとは 一日に2回、たった2品か3品の質素な食事 をとっていた(ロンドン 食の歴史物語 ISBN 4-560-02616-5)
  • の飼育は、森に追い込み カシワ の実を食べさせるなど、飼料が手近に求められたから家庭で容易にできたのである(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • シュトラースブルクのドミニコ会修道院の労働者に関する帳簿では一日2回肉が出され(斎日は魚)、平均して 一人あたり毎日600~700グラムの肉 を労働者は食べていたことになる。ベルリンでは1397年に 上層市民は毎日平均3ポンド(1361グラム)の肉 を食べていたと言われる。1308年にフランクフルトのユダヤ人の屠殺夫10名は毎年少なくとも2500頭の牛を屠殺するように命ぜられていた。ほかにキリスト教徒の屠殺夫が52人いて同じように屠殺していたから、このころ人口5000~1万2000人のこの市の牛肉の消費量は、キリスト教徒の屠殺付がより少なく屠殺したとしても 一人あたり125キログラム となりこれは1802~3年のベルリン市民の消費量の12倍にも当たるという。1502年のニュールンベルク市の肉の消費量は 一人あたり75~100キログラム であった(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • 18世紀まで人口のほとんど8割以上を占めていた農民の大部分は文盲であり、自分を語ることがほとんどなかった(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • 29日夜に皇居・宮殿「豊明殿(ほうめいでん)」で両陛下が催された宮中晩餐(ばんさん)会。宮内庁楽部のオーケストラがオランダのフォークソング「風車のところに」を奏でる中、 両陛下が国王夫妻を伴ってご入場。皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、常陸宮妃華子さま、寛仁(ともひと)親王妃信子さま、三笠宮家の彬子さま、瑶子さま、高円宮妃久子さまが続かれた 。常陸宮さまは風邪気味のため欠席された。
  • オーダースーツ完成までにじつに250以上もの作業工程を得て、専門工場の職人の手で、丁寧に縫い上げられてゆきます。ご注文より4~5週間後にあなただけのスーツが出来上がります。
  • 19世紀 イギリス)1813年でもまだ 400台もの椅子駕籠 がロンドンの街を行きかっていたほどである(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 19世紀 フランス)しかも都心では街路の大半は中世そのままでとても狭く 道幅は3メートル もなかった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 1765年の8月1日のことだが、この年にオープンしたばかりのこのホテルは、当時のヨーロッパでは最大規模の ホテル であった。なにしろベッド数は 客用80に客の召使用50で総計130 もある(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 有料道路化がどの程度進んでいたかというと、たとえば1750年にはイギリスの主要な港街であるドーヴァーとロンドンを結ぶ 114キロのうち88キロが有料道路 であった。つまり77.2パーセントがターンパイクになっていたわけである(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • この有料道路を設置するには、議会の立法措置が必要だったが、1700年から1750年の間には400のターンパイク法、1751年から90年までの間には、なんと1600ものターンパイク法が議会で採択されている。つまり1700年からの 90年間に、2000もの有料道路が新たに造られた ことになる(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • たとえば1510年~17年の (7年の)間にドイツで出版された書籍数は1710種 であり、そのうち39.4パーセントが宗教書であった。ところが1518年~20年のわずか 3年間に書籍数は1680種 となり宗教書はそのうちの61.6パーセントを占めた。その88パーセントがルターの著作だった(図説 魔女狩り ISBN 978-4-309-76161-9)

薬草

  • たとえば、「大喜びしてその興奮のあまり射精の地点に到達しているのに、それができず、体内に精子をためてしまい、そのために病気になりかけている男性」には、 ヘンルーダとヘンルーダより少ない量のニガヨモギから水分を絞り出し、そこに砂糖と蜂蜜を加え、その総量と同じ量のワインを加え、小さな容器か耐熱皿に入れて熱し、5回沸騰させてから飲めばいい という(魔女の薬草箱 ASIN B01BOJ4WJA location 154/178)
  • 若者たちは ハナハッカ(オレガノ)とカノコソウと魔女草の束 を持っていくのを忘れなかった(不思議な薬草箱 魔女・グリム・伝説・聖書 ASIN B00VWC0GKY location 70/178)
  • 空を飛ぶのはホウキにその力があるのではなく、幻想や浮遊感覚を生じさせる成分を持ったベラドンナやケシ、アサ、チョウセンアサガオなどをベースにして作った軟膏を身体に塗ることによるのだ(不思議な薬草箱 魔女・グリム・伝説・聖書 ASIN B00VWC0GKY location 76/178)

農業

三圃制(三圃式)

  • 春    =夏穀の播種
  • 晩春~初夏=冬穀の収穫
  • 夏~秋  =夏穀の収穫
  • 秋    =冬穀の播種

解説・用語

  • 日本の季節=春は3〜5月、夏は6〜8月、秋は9〜11月、冬は12〜2月
  • 冬穀=秋蒔き、越冬、晩春~初夏収穫(冬麦=小麦(ウィート麦)、黒麦(ライ麦))
  • 夏穀=春蒔き、越夏、夏~秋収穫(春麦=大麦(バーレイ麦)、燕麦(オート麦))

時期

  • 収穫祭(8月1日)は干し草の収穫の終わりと穀物の収穫の始まりとなる日(中世ヨーロッパの農村の生活 ISBN 978-4-06-159874-4)

ヨーロッパの植物

  • ルバーブ=英国でジャムとかに使われるルバーブ(フキ)、普通に露地栽培のほかに暗い温室栽培されるのね。ろうそくの明かりで収穫される

馬車

  • 19世紀 フランス)なおパリの街中を走っていた 辻馬車 の数は大変なもので1885年には 8357台 、1888年には 9136台 。そして1900年のパリ万博の際には殺到する観光客を見込んで 1万2000台 以上にもなっている(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 19世紀 フランス)この新事業の順調な発展を反映して、 乗合馬車 が登場して2年後の1830年にはすでに10の会社が40の路線で、 100台 以上の馬車で営業していた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 19世紀 フランス)なおこの時代のパリには 3000台の辻馬車 が走っていた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 フランス)ジェルマン・プリス神父の手になるパリのガイドブック『パリの街の描写』の1752年版によると、パリ市内の 馬車 は少なくとも 2万2000台 、馬は12万頭とのことである。ピガニョル・ドゥ・ラ・フォルスの『パリとその近郷の歴史的描写』(1765年)は 2万台 としているし、別の資料では1785年で 2万台以上 とある(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 フランス)なお1786年版のあるパリのガイドブックは、この 貸四輪馬車 (現代の高級ハイヤー)の数を 650台 と推定している(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 フランス)1780年代のパリの風物詩について全部で12巻にもおよぶ膨大な随筆集『パリの光景(タブロー・ドゥ・パリ)』を書き記した作者ルイ=セバスティアン・メルによると、1770年代のパリで営業していた 辻馬車1800台 あまりとのこと(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • ロンドンにおける 辻馬車 (hackney coach)の営業が初めて認められたのは1643年だが、この年には50台の辻馬車が稼働していた。辻馬車の数は増える一方で、1652年には200台、1694年には600台、1716年には 800台 という具合である(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • そして1636年のロンドンには 6000台馬車 がひしめいていたと伝えられているほどである(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • (1801年イギリスの駅逓制度) 馬は16キロごとに取り替えられる が、馬の交換が1分でも遅れないようにするため、トイレに行くのさえ我慢しなければならない(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • (1748年イギリス)そして馬車としては、当時では最も軽量な 1トン 足らずのものが採用されている。これに対して 駅馬車 の車体は 1.25トン はあった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)

移動速度

馬車

  • 19世紀 )ちなみに当時の最も早い馬車である郵便馬車の 時速は16キロ だった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 19世紀 アメリカ)草原のような平坦な地を行くときには 時速16キロ 、山岳地帯を行くときには 時速6キロ 。食事や馬の取り替えなどに要する時間を計算に入れると、全体の平均時速は 8キロ 程度である。 4500キロの全行程を24日 で走破するのだから、昔の人はタフであったと驚嘆するしかない(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 ベルギー~フランス)11月15日にブリュッセルを後にしたモーツァルト一家は3日後にパリに到着した。 1日平均80キロ をカバーしたことになる(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 悪路で有名なイタリア)イタリアの馬車屋は決して並足でしか進まないので、徒歩のほうが早くいけるくらいなのである。馬車は1時間に3マイル( 1時間に4.8キロメートル )しか進まない。したがって、乗っている者はこごえてしまうほど退屈する。暑いときなどは、日盛りの5、6時間は車を止めて休憩しないと病気になってしまう(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 16、18世紀 フランス)たとえばパリからリヨンへの 462キロ を走破するのに、 16世紀 には 18日 もかかったのに、 18世紀 の中葉にはディリジャンスと呼ばれる急行の乗合馬車を使えば 5日 しかかからなかった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 イギリス)つまりロンドンから 240キロ 以内の都市なら、ロンドンを早朝に発てば その日のうちに 到着できたわけである(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 イギリス) 1716年 にはロンドンとエジンバラを結ぶ路線にも郵便馬車は登場したが、これまで 6日6晩 かかっていて旅が、 2泊3日 に短縮された。 640キロ ほどの距離である(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 19世紀 イギリス)( 1801年 イギリスの駅逓制度)なにしろヤーマスからロンドンまでの 200キロ を、途中イプスウィッチで1度だけ馬車を降りた以外は休憩もなく、 15時間 走り抜くことを余儀なくされた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 イギリス)( 1784年 ロンドンと 192キロ はなれたブリストル)この2つの都市を結ぶ最も速い駅馬車であるフライング・コーチでさえも 18時間 かかっていたのに、郵便馬車は 192キロを16時間 で走破した。 時速12キロ という当時としては驚異的なスピードである。その後、郵便馬車の 時速は16キロ と法律で定められた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 イギリス)駅馬車の中でも特にスピードが速いのはフライング・コーチ(flying coach)と呼ばれていたが、これは直訳すると「空飛ぶ馬車」とか「飛ぶように速い馬車」ということになる。たとえば 1754年 にロンドンと工業都市マンチェスターを結ぶ路線で営業を開始したフライング・コーチは、当初 320キロ を走破するのに 4日 必要だった。この所要日数は 1760年 には 3日 に短縮され、最終的に 1780年 には 18時間 で走破するようになった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 イギリス)ところが 18世紀 末になると、道さえ良ければ その日のうちに114キロ 程度は走破できるようになった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 17世紀 イギリス) 1657年 に出た広告によると、ロンドンから 294キロ はなれたチェスターまで週に3便 6日 で行くが、毎日新しい馬を提供するとわざわざ断っていることから、この乗合馬車が駅馬車であることが分かる。この所要日数は 2年 後には 5日 に短縮された。当時の馬車の 1日あたりの走行距離は50キロ というのが標準である(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 17世紀 イギリス)たとえばロンドンと 86キロはなれた ケンブリッジとの間では 1629年 以来、乗合馬車が営業していた。 2日 かかっている(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 16世紀 イギリス)1列につながれた6頭~8頭の馬に引かれたこの鈍重な馬車(waggon)は布地の幌でおおわれていたが窓はない。途中で馬を取り替えることもなく、御者は荷馬車と共に歩いて行ったので 時速4キロ あまりと遅く、 1日にせいぜい24キロ ほどしか進まなかったが、運賃が安いので庶民は 18世紀 末まで愛用していた。そして一度に2~30人を貨物と共に運ぶのだった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • (盛期中世ヨーロッパ)しかも徒歩や車で旅した場合には 1日にカバーできる距離は30~40キロ だが、騎馬で旅すると1日平均70キロは行けるというように非常に効率がよかった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • (2輪馬車)この駅伝制度を利用して旅する伝令は、 1時間当たり平均7.5キロ の速度で、 1日75キロ ほどカバーした。急いでいるときには、昼夜兼業で旅すると、この 3倍 のスピードで行くことができた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 15世紀 末、マインツの聖堂参事会員ブライデンバハはイエルサレム巡礼のため マインツ-ウルム-インスブルック-ヴェネツィアの 750キロメートルを15日 で走破した 。 1日の平均移動距離は50キロメートル で、足の速い部類の旅行者だった(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 一般の旅行者なら 1日あたりの走行距離は30~50キロメートルほど (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 平坦な地なら、カートやワゴンは 1日 に15~20マイル( 24~32キロメートル )の距離を行った(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)
  • ローマのイティネラリウム(旅行祝福祈祷文)には、アッピア街道沿いの都市間の距離が書いてある。ローマ-カープア136ミリア、カープア-ベネヴェントゥム33ミリア、ベネヴェントゥム-ターレントゥム157ミリア、ターレントゥム-ブルンディジウム44ミリア、合計すると全行程でおよそ547キロになる。オウィディウスによると、この距離を馬車で行くとまあざっと10日たらずの旅になるという。 1日に54キロ は、たしかにそれほど迅速とは言えない。(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)
  • ユリウス・カエサル自身も貸馬車を使ったことがあり、スエトニウスの記述によると、「信じられないほどのスピードではるかな距離を走り、ほとんど荷物をもたずに貸馬車を使って1日に100マイル( 1日に161キロメートル )進んだ」という。ローマ-ローヌ間――およそ800ミリア( 1200キロ)――を8日足らず で旅したことから見て、 1日平均約150キロ という相当な距離をこなすために、彼はほとんど24時間不眠不休で車を走らせた(当時の旅の実態からすれば、超人的な行為である)か、あるいは馬車のなかで寝たに違いない(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)
  • その時代の記録によれば、赤髭王フリードリヒは 1157年 8月から 1158年 1月までのあいだに3000キロ近くを旅したという。ハレからポーゼンへ、それからヴュルツブルク経由でブザンソンへ行き、さらにまた東へ戻ってマグデブルクへ、そして最後にゴスラーからレーゲンスブルクに至る。平均して 1日におよそ20キロ になるが、もちろん、それぞれの都市で過ごした時間をそここから差し引かなければならない。それでも、フリードリヒ王が馬車で進んだ距離は 1日平均30キロ 以上にはならなかったと思われる。これは 健脚の旅行者が徒歩で行くのとだいたい同じくらい である(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

馬車(ラバ)

  • これは2頭もしくは4頭のラバに引かれた無蓋の馬車で、有名な詩人のホラティウスがローマからブルンディシウムにレダで行ったときには、 1日に36キロ 移動している(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)

牛車

  • なお牛車の 1日当たり の走行距離は通常 16キロ、最大30キロ とされている(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)

騎馬

  • (中世ヨーロッパ)しかも徒歩や車で旅した場合には1日にカバーできる距離は30~40キロだが、騎馬で旅すると 1日平均70キロ は行けるというように非常に効率がよかった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 騎馬で旅をすれば 1日平均70~75キロ くらいは行けたことを思うと、緊急の用事で出かける人は車に揺られるよりは、馬の背に揺られて旅するほうを選んだだろう(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)
  • 早飛脚 なら中世末期のパリ~ヴェネツィアへ7日、バルセロナ~ヴェネツィアへ8日かかった。 1日に350キロメートル を走破したことになるが、これは乗り継ぎ馬が準備された|駅逓《えきてい》制度があったためである(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • ペルシア帝国の数多い道路の中で最も重要かつ有名なのは、ペルシア湾北端近くにあった首都スサから出てまずバビロンに達し、北西に向かって走って地中海に近いサルディスを経由し、エフェソスに至る 2683キロ の幹線道路(非舗装)で、「王道」と呼ばれていた。ペルシア王の伝令は宿駅ごとに人と馬を替えることにより、昼夜を分かたず馬を走らせ、この 全行程を9日 で走破し、王の書簡を届けることができた。 1日平均300キロ ということになるが、これは後のローマ帝国の伝令よりもかなり速い。ちなみに 通常の旅人 は同じ距離をカバーするのに 3か月 はかかっている。(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)

軍隊

  • 森という守りを離れ、 絶え間のない攻撃を受けながら 、彼らは 1日に10キロ もの距離を行軍した(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 黒太子は躊躇せずに、 2日間で50キロ を踏破するという強行軍でエンリケの陣地を迂回したのだ(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 軍隊は 1日に16~24キロ ほどの距離を行軍することになっていた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)

徒歩

  • (中世ヨーロッパ)しかも徒歩や車で旅した場合には 1日にカバーできる距離は30~40キロ だが、騎馬で旅すると1日平均70キロは行けるというように非常に効率がよかった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 成人男性の平地での 1日の平均走行距離は25キロメートル 程度(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 健脚のほと巡礼者= 1日40キロメートル (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 徒歩の場合には、 1日当たり30キロ~40キロ はカバーできる(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)

船舶

  • 18世紀 ドーヴァー~カレー)帰りにドーヴァー海峡を渡ったときには、天気がとても良かったうえに順風だったので、 3時間半 でカレーに着いている。3時間前後というのが気象条件の良いときの平均的な所要時間である(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 詳細は「旅する人びと/関哲之著」の20ページ参照(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 川船 下りは 1日100~150キロメートル 、遡る場合は 1日15~20キロメートル /リヨンからアヴィニョンまでローヌ川を下って24時間、往路は1か月(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • ヴァイキング船 オールと帆を併用して順風時には 1日250キロメートル (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • コグ船 ロングシップに劣る(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • ガレー船 微風下で 時速5~9キロメートル 、強い風を受ければ 時速17キロメートル (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

移牧

  • 1日数十キロメートル20~30日かけて400~1000キロメートル (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

その他

  • シギの仲間の ヨーロッパジシギ は、非常に優れた飛行能力を備えている。少し太めで地味な小さな鳥だが、休憩を挟まず長距離移動するタイプとしては最速レベルになると研究チームはレポートしている。 ヨーロッパジシギは、出発地スウェーデンからヨーロッパ大陸を縦断、サハラ以南のアフリカまで飛び続ける。 平均時速は約100キロ に達し、 4300~6800キロの距離を休憩を取らずに2~4日間 で移動することが明らかになった 最高のスピードとスタミナを兼備する鳥 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
  • 15~16世紀の輸送期間は不確定だった(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

温度

生命(クマムシ)が耐えられる最も高い温度が151℃ by A氏

炭化タンタルハフニウム

炭化タンタルと炭化ハフニウムは、それぞれ3983℃と3928℃という高い融点を持つ物質である。それらの組み合わせの1つである Ta4HfC5 は、 全ての物質で最も高い融点である4215℃を示す

色々な「炎」の温度一覧

項目                      温度
溶岩の温度                      700~1200℃
ロウソクの炎                         1400℃
ガスタービン                        約1500℃
エタノールの炎                        1700℃
水素の炎                           1900℃
ディーゼルエンジンやガソリンエンジンの燃焼温度       約2500℃
白熱電球の温度                        2500℃
ガスレンジの炎                        2700℃(要確認)
水素+酸素の炎(酸水素炎)                  2800℃
アセチレン+酸素の炎                     3800℃
炭化タンタルがとける温度(物質中最高融点)          3983℃
広島原爆(1秒後)の表面温度                 5000℃
タングステン(電灯のフィラメントの金属)の沸騰        5555℃
太陽の表面                         約6000℃
シリウスの表面                      1万    ℃
原子爆弾                        数千万    ℃
太陽の中心                     1400万    ℃
核融合炉のプラズマ温度             1億         ℃

温度の比較

因数 | 単位 | K | ℉ | ℃ | -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- | −1 nK | −1 nK | | | カリウム40原子による実現された負温度のおおよその値[1] 10^−∞ | | 0 K | −459.67 ℉ | −273.15 ℃ | 絶対零度 10^−18 | 1 aK | 1 aK | | | OJ 287(最も重いブラックホール)のホーキング放射による温度 10^−14 | 10 fK | 14 fK | | | 銀河系の中心部にあるブラックホールいて座A*のホーキング放射による温度 10^−10 | 100 pK | 250 pK | | | これまでに作り出された最低温度の記録(ヘルシンキ工科大学低温研究所で核磁気秩序の実験中に) | | 450 pK | | | これまでに作り出されたボース=アインシュタイン凝縮の最低温度の記録(マサチューセッツ工科大学においてナトリウムガスにより[1]) -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^−9 | 1 nK | | | | 10^−8 | 10 nK | 21 nK | | | IGR J17091-3624(最も軽いブラックホール)のホーキング放射による温度 | | 50 nK | | | フェルミ粒子であるカリウム原子の凝縮を観測(デボラ・ジンら) -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^−7 | 100 nK | | | | 10^−6 | 1 µK | | | | 断熱消磁(nuclear demagnetization) 10^−5 | 10 µK | | | | 10^−4 | 100 µK | | | | 10^−3 | 1 mK | 2.5 mK | | | ヘリウム-3のFermi melting point 10^−2 | 10 mK | | | | 10^−1 | 100 mK | 300 mK | | | ヘリウム-3の蒸発冷却 | | 950 mK | −457.96 ℉ | −272.2 ℃ | ヘリウムの融点 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^0 | 1 K | 1 K | −457.87 ℉ | −272.15 ℃ | 水の三重点の熱力学温度の1/273.16 (ケルビンの定義) | | 1 K | −457.6 ℉ | −272 ℃ | ブーメラン星雲における温度(既知の自然な状態の宇宙空間の中では最も低い温度) | | 2.17 K | −455.764 ℉ | −270.98 ℃ | ヘリウム-4が超流動状態となる温度 | | 2.725 K | −454.765 ℉ | −270.425 ℃ | 宇宙背景放射 | | 4 K | −452.47 ℉ | −268 ℃ | 水銀が超伝導状態となる温度 | | 4 K | −452.47 ℉ | −268 ℃ | ヘリウムの沸点 | | 5.19 K | −450.328 ℉ | −267.96 ℃ | ヘリウムの臨界温度 | | 7.2 K | −446.8 ℉ | −266.0 ℃ | 鉛が超伝導状態となる温度 | | 9.3 K | −443.02 ℉ | −263.9 ℃ | ニオブが超伝導状態となる温度 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^1 | 10 K | 13.8033 K | −434.82406 ℉ | −259.3467 ℃ | 平衡水素の三重点 (ITS-90の定義定点) | | 14.01 K | −434.452 ℉ | −259.14 ℃ | 水素の融点 | | 20 K | −421.6 ℉ | −252 ℃ | 水素の沸点 | | 33 K | −400 ℉ | −240 ℃ | 水素の臨界温度 | | 44 K | −380.2 ℉ | −229 ℃ | 冥王星の平均表面温度 | | 53 K | −364 ℉ | −220 ℃ | 海王星の平均表面温度 | | 63 K | −344.2℉ | −209 ℃ | 窒素の融点 | | 68 K | −337℉ | −205 ℃ | 天王星の平均表面温度 | | 77.3 K | −320.44℉ | −195.8 ℃ | 窒素の沸点 | | 90.19 K | −297.328℉ | −182.96 ℃ | 酸素の沸点 | | 92 K | −293.8℉ | −181 ℃ | Y-Ba-Cu-Oの超伝導転移温度 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^2 | 100 K | 125 K | −234.4℉ | −148 ℃ | Tl-Ba-Cu-Oの超伝導転移温度 | | 138 K | −211℉ | −135 ℃ | Hg-Tl-Ba-Ca-Cu-Oの超伝導転移温度 | | 143 K | −202℉ | −130 ℃ | 土星の平均表面温度 | | 152 K | −185.8℉ | −121 ℃ | 木星の平均表面温度 | | 183.7 K | −128.92℉ | −89.4 ℃ | 世界の最低気温の記録(1983年7月21日、南極ボストーク基地) | | 194.6 K | −109.3℉ | −78.5 ℃ | 二酸化炭素(ドライアイス)の昇華点 | | 210 K | −81.4℉ | −63 ℃ | 火星の平均表面温度 | | 211 K | −79.6℉ | −62 ℃ | 塩化亜鉛/氷の寒剤の到達可能温度 (塩化亜鉛51wt%、氷49wt%) | | 231.7 K | −42.7℉ | −41.5 ℃ | 日本で観測された最低気温(観測所)(1931年1月27日、北海道美深町) | | 232.2 K | −41.8℉ | −41.0 ℃ | 日本で観測された最低気温(気象官署)(1902年1月25日、北海道旭川市) | | 233.15 K | −40℉ | −40℃ | ℃と℉の単位を入れ替えても同じ温度を示す温度。[2] | | 234.3156 K | −37.90192 ℉ | −38.8344 ℃ | 水銀の三重点 (ITS-90の定義定点) | | 234.32 K | −37.894 ℉ | −38.83 ℃ | 水銀の融点 | | 252 K | −6.16 ℉ | −21.2 ℃ | 食塩/氷の寒剤の到達可能温度 (食塩22.4wt%、氷77.6wt%共晶点) | | 255.3722 K | 0 ℉ | −17.78 ℃ | 0 °F(華氏度) | | 273.15 K | 32 ℉ | 0 ℃ | 水の融点 | | 273.16 K | 32.018 ℉ | 0.01 ℃ | 水の三重点 (定義、1968年) | | 287 K | 57.2 ℉ | 14 ℃ | 地球の平均表面温度 | | 290 K | 62.6 ℉ | 17 ℃ | 波長 10µm に放射ピークを持つ黒体の温度 | | 293 K | 68 ℉ | 20 ℃ | 冬の室温 | | 300 K | 80.6 ℉ | 27 ℃ | 褐色矮星WISEPA J182831.08+265037.8の表面温度 | | 310 K | 95–98.6 ℉ | 35–37 ℃ | 人間の体温 | | 314.15 K | 105.8 ℉ | 41.0 ℃ | 日本で観測された最高気温(気象官署)(2013年8月12日、高知県四万十市) | | 315.7 K | 108.5 ℉ | 42.5 ℃ | 日本で観測された最高気温(観測所)(1923年8月6日、徳島県板野郡撫養町(現 鳴門市)) | | 329.85 K | 134.06℉ | 56.7 ℃ | 世界の最高気温の記録(1913年7月10日、アメリカ合衆国カリフォルニア州デスヴァレー)[3] | | 約373.124 K | 約211.9532℉ | 約99.974 ℃ | 水の沸点 (標準気圧下で約99.974℃[4]) | | 395 K | 251.6℉ | 122 ℃ | 生物の生育限界温度(Methanopyrus kandleri 116株、130℃3時間のオートクレーブでも生残) | | 400 K | 260.6℉ | 127 ℃ | コンコルドの鼻先の最高温度 | | 452 K | 354.2℉ | 179 ℃ | 水星の平均表面温度 | | 456 K | 361.4℉ | 183 ℃ | 共晶はんだの融点(スズと鉛の共晶点) | | 505.93 K | 451℉ | 232.78 ℃ | 紙が自然発火する温度(華氏451度) | | 574.5875 K | 574.5875℉ | 301.44 ℃ | Kと℉の単位を入れ替えても同じ温度を示す温度。[5] | | 600.65 K | 621.5 ℉ | 327.50 ℃ | 鉛の融点 | | 647.30 K | 705.47℉ | 374.15 ℃ | 水の臨界点 | | 737 K | 867.2℉ | 464 ℃ | 金星の平均表面温度 | | | | | | | 933.473 K | 1,220.581℉ | 660.323 ℃ | アルミニウムの標準気圧下の凝固点 (ITS-90の定義定点) | | 966 K | 1,279.4℉ | 693 ℃ | 波長 3µm に放射ピークを持つ黒体の温度 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^3 | 1 kK | 約1,100 K | 約1,472℉ | 約800 ℃ | ダイオキシンを分解するために必要な温度 | | 1,357.77 K | 1,984.32℉ | 1,084.62 ℃ | 銅の標準気圧下の凝固点 (ITS-90の定義定点) | | 1,500 K | 2,240℉ | 1,200 ℃ | 玄武岩質マグマ | | 1,700 K | 2,600℉ | 1,400 ℃ | 青い蝋燭の炎 | | 1,808 K | 2794.73℉ | 1,535 ℃ | 鉄の融点 | | 1,900 K | 2,960℉ | 1,600 ℃ | ブンゼンバーナーの炎 | | 2,013 K | 3,163.73℉ | 1,740 ℃ | 鉛の沸点 | | 2,500–3,900 K | 4,040–6,560 ℉ | 2,200–3,600℃ | スペクトル型M型の恒星の有効温度 | | 2,900 K | 4,760℉ | 2,600 ℃ | 波長 1µm に放射ピークを持つ黒体の温度 | | 3,300 K | 5,480℉ | 3,000 ℃ | 広島原爆爆発1秒後の温度 | | 3,683 K | 6169.73℉ | 3,410 ℃ | タングステンの融点 | | 3,900–5,300 K | 6,560–9,080 ℉ | 3,600–5,000℃ | スペクトル型K型の恒星の有効温度 | | 3,925 K | 6,605.33℉ | 3,652 ℃ | 炭素の昇華点 | | 4,488 K | 7,618.73℉ | 4,215 ℃ | Ta4 HfC5の融点(知られている中で最も融点の高い物質) | | | | | | | 5,300–6,000 K | 9,080–10,340 ℉ | 5,000–5,700℃ | スペクトル型G型の恒星の有効温度 | | 5,780 K | 9,940℉ | 5,510 ℃ | 太陽(スペクトル型G2型)の表面温度 | | 5,828 K | 10,030.73℉ | 5,555 ℃ | タングステンの沸点 | | 6,000 K | 約10,300℉ | 約6,000℃ | ビッグバンから30万年後の宇宙の平均温度 | | 6,000–7,500 K | 10,340–13,040 ℉ | 5,700–7,200℃ | スペクトル型F型の恒星の有効温度 | | 6,500 K | 11,240℉ | 6,200 ℃ | この温度で黒体輻射が発する光をD6500と呼び、照明の標準白色光となっている | | 7,500–10,000 K | 13,040–17,540 ℉ | 7,200–9,700℃ | スペクトル型A型の恒星の有効温度 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^4 | 10 kK | 10–29 kK | | | スペクトル型B型の恒星の有効温度 | | 10 kK | 18,000℉ | 1万 ℃ | シリウスAの表面 | | 10-15 kK | | | 窒素原子の再結合 | | 11.604 kK | | | 分子の平均運動エネルギーが 1 eV であるときの温度 | | 25 kK | | | ビッグバン後10,000 年後の宇宙の平均温度 | | 29–60 kK | | | スペクトル型O型の恒星の有効温度 | | 29 kK | | | 波長 100nm に放射ピークを持つ黒体の温度 | | 32 kK | | | シリウスBの表面 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^5 | 100 kK | 100 kK | 18万℉ | 10万 ℃ | 広島原爆爆発0.01秒後のおよその温度 10^6 | 1 MK | 1–5 MK | 約180万℉ | 約100万 ℃ | 太陽のまわりのコロナ温度 | | 8 MK | | | 中性子星の表面温度 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^7 | 10 MK | 13.6MK | | | 太陽の核の温度 10^8 | 100 MK | 400 MK | 7億2000万℉ | 4億 ℃ | 大型の水素爆弾の中心部の温度 | | 520 MK | | | 人類が手にした最高温度(核融合実験炉JT-60で達成) | | 800 MK | | | 中性子星の核の温度 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^9 | 1 GK | 1 GK | 18億℉ | 10億 ℃ | 超新星周辺の温度として観測された値[2] | | 1 GK | | | ビッグバン100 秒後の温度 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^10 | 10 GK | 10 GK | | | ビッグバンの1秒後 | | 10 GK | | | 超新星爆発の中心温度 | | 50 GK | 900億℉ | 500億 ℃ | 鉄の光崩壊 -------------- | -------------- | ---------------- | ---------------- | -------------- | ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 10^11 | 100 GK | 100 GK | | | 10^12 | 1 TK | 1 TK | 1兆8千億℉ | 1兆 ℃ | 10^13 | 10 TK | 10 TK | | | ビッグバンの100マイクロ秒後の温度 10^27 | | 10^27–10^28 K | | | 3つの力の大統一理論の破れ(強い相互作用が電弱力から分かれる)。ビッグバン後10^−35 秒後に起こる 10^30 | | 1.41679×10^32 K | | | プランク温度(プランク温度以上の温度で物理的に意味のあるものは知られていない)。ウィーンの変位則により放射される電磁波の波長がプランク長さになる温度。[6]

絶対零度の逆、温度の上限とは?(動画)

どうも~Vsauce(ヴィーソース)です~

いや~このお茶も熱いけど宇宙で一番ってほどじゃないよね。宇宙で一番熱いものって何? 絶対零度があるのはみんなも知ってるけど、「絶対ホット」は? これ以上熱くなれない温度の上限って何なのか? 今回はこの疑問を徹底追求してみよう

とりあえず人体。みんなの体温は一定じゃない。37℃(華氏98.6度)というのは平均体温で、時間帯によって1日サイクルで変動する。変動幅は0.5℃(華氏1度)。夜寝る人の体温が最低になるのは午前4時半で最高になるのは午後7時。あんまり熱くなり過ぎてもダメで、体温が42℃(華氏108度)になるとほぼ間違いなく死に至る

次、気温。世界観測史上最高気温は54℃(華氏129度)、記録されたのは4回とも米デス・バレーだ

コーヒーを淹れるお湯の適正温度は82℃(華氏180度)

焼き上がりのケーキの適正温度は99℃(華氏210度)

噴出時の溶岩の温度は1090℃(華氏2000度)。この溶岩は家の庭でもこしらえることができる。GreenPowerScienceが動画で紹介してるみたいにフレネルレンズで太陽光を集めてやると火山ガラスが溶けて溶岩に戻るんよ。地球から149,600,000kmも離れてるのに太陽ってすごいのな

因みに太陽は表面でも5500℃(華氏10,000度)ある

太陽の中心核に至っては15,000,000℃(華氏28,000,000度)。つまり15,000,000ケルビンだ

「ケルビン」は摂氏と目盛り幅は同じだけど、絶対温度を指す単位のことね。絶対零度=0K=-273.15℃

太陽の中心核ぐらい高熱になると物質からおびただしい量のエネルギーが放射される。例えばピンの平たい頭んとこを太陽の核ぐらい高温に熱すると、もうそれだけで半径1000マイル(1609km)の人間皆殺しにできるほどの凄まじいエネルギー量になるんだよ

物質から放射されるエネルギーを見れば、その物質の温度もおおよそ見当がつく。絶対零度より高温の物質はどれも皆なんらかのかたちで電磁放射を排出してるからね 君と僕? まあ、目に見える光(可視光)こそ放ってないけど僕らも赤外線は放射してる。人間の目では見えないけど赤外カメラには見えるやつね。この動画の男性もゴミ袋被ると見えなくなるけど、こんな風に(3:18)赤外線の光は放ってるんだ

こんな風に不可視スペクトルで可視状態になるには、ある一定の温度を超えないといけない、それが「Draper Point」(798K、摂氏525度、華氏976度)。これを超えると、ほぼ全ての物はインディアンレッドな光を放ち始める

物体の温度と波長は反比例する。熱くなればなるほど、その物体から放射される波長は短くなる。これが世に言う「ウィーンの変位則(Wien’s displacement law)」 放射光は波長に応じてラジオ波、マイクロ波、遠赤外線、可視光、X線、ガンマ線まであるが、これ全部太陽の真ん中でできたものだ

太陽ぐらい高温だと物質は「第四の状態」になる。固体でも液体でも気体でもない。電子が原子核からウロウロ離れていってしてしまう状態、これがプラズマさ

プラズマは炎をチンすると家でもできる(4:16)。...が、絶対やるなよ! どうせ太陽なんて宇宙で一番ホットでもなんでもないんだし いやまあ、15,000,000K(1500万ケルビン)あるんだから熱いことは熱い、死ぬほど熱い。でも熱核爆発のピークの温度はなんと350,000,000K(3億5000万ケルビン)もあるのだよ。一瞬なので、影響はほぼないに等しいが

太陽の8倍大きい星が死ぬ最期の日には、星の核の温度はなんとなんと3,000,000,000K(30億ケルビン)にも達する! クールに3ギガケルビンと呼んでやろうぜ! まだあるよ。1にゼロ12個つけて...

1,000,000,000,000K(1テラケルビン) ...ここまでいくと物質も変な具合になってくるんよ

さっき太陽はプラズマでできてるって話したよね。1テラケルビンになると、原子核からアウェイするのは電子だけじゃなくて、水素そのもの、原子核の陽子も中性子も全部どろどろに溶けてクオークとかグルーオンとかのごった煮スープになっちゃうのさ!

テラケルビンってどんだけ熱いのかって?

......恐ろしく熱い

地球から約8000光年彼方に「WR104」という星がある。質量は太陽の25倍。この星が死ぬ...つまり(超新星)爆発すると、内部の温度は凄まじい高温になり、太陽が一生かかっても放出できないほどの途方もないエネルギーがガンマ線となって宇宙に放出される

ガンマ線バーストはとても細いので、たぶん地球は大丈夫。でも万が一、直撃したら、どうなるのか?

WR104が崩壊すると、4702,000,000,000,000マイル(7567,000,000,000,000km)離れてる地球にも悪影響は及ぶ。10秒当たるだけで地球のオゾン層の4分の1は消え、大量絶滅、食物連鎖枯渇、飢饉が発生する。それもこれも8000光年彼方から出たエネルギーでね

ここ地球のスイスで科学者たちは、陽子(プロトン)を原子核に衝突させて1テラケルビンより大きな温度を生み出すことに成功してるんだよ。2~13エクサケルビンね

1TeraKelvin=1,000,000,000,000K 1ExaKelvin =1,000,000,000,000,000,000K

テラケルビンにゼロ6個足すとエクサケルビンだ。でも大丈夫、僕らには影響ない、超高温と言っても持続するのはほんの一瞬のことだし、実験で使った粒子も超少ないから

さ、まだまだ行くよ。さっき物質の放射する波長はその物質の温度から計算できるって話をしたよね。もし物体の温度が1.41×10の32乗に達すると...

141,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000K =255,000 billion billion billion F

=141,000 billion billion billion C

輻射される電磁波の波長は...

0.00000000000000000000000001616ナノメートル ...になる。これはか~なりちっこい。あまりにもちっこいので特別な呼び名がある。それが...

プランク長(The Planck Length)

量子力学によればこれが宇宙に存する最小の長さらしい

「いや、もっとエネルギーでかくなったら波長もっと短くなるんじゃね?」うーん、ところが問題があって...

141,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000K

=255,000 billion billion billion F

=141,000 billion billion billion C

この「プランク温度(Planck Temperature)」を超えると、我々の理論がもう通用しなくなっちゃうんだよね。物質がそこまで高温になると、もう温度が温度と見なされなくなってしまうのさ

!?

理論上はシステムには無限にエネルギーが追加できる。でもプランク温度を超える高温になると何が起こるかわかってないのね

昔から言われてるのは、それだけのエネルギーが一箇所に集まったら、その瞬間にブラックホールができてしまう、ということ。エネルギーから生成されるブラックホールには特別な呼び名がある。それが...

クーゲルブリッツ(Kugelblitz) みんなもホット(美人、セクシー)な女の子、科学で説明できないほどホットな子に会ったら「クーゲルブリッツ(Kugelblitz)」と呼んでみるといいかもね

おまけ。太陽は今だいたい47億歳、人生の折り返し点というところだ。これまでざっと地球100個分の燃料を燃やしてる。すごい量だけど、太陽の大きさは地球の30万個分もある。無茶苦茶熱いのに無茶苦茶でかい―この矛盾を突くと人体の放射と太陽の放射を比べて、いろいろおもしろい計算が成り立つ。詳しくはBad Astronomyが紹介してる

飽くまでも計算上の話で、まったく意味ないことだけど、人体1立方cmが放射するエネルギーの方が太陽1立方cmが放射するエネルギーの平均より大きいんだよ

そう考えると、なんだか体の中がポカポカしてこない?

価格

その他

  • 「居酒屋」になるのは自家醸造のエールができあがったばかりの家で、 3ガロン(約13.5リットル)で1ペニー という安い固定価格で飲むことができた(中世ヨーロッパの農村の生活 ISBN 978-4-06-157874-4)
  • 大柄で強健な品種として改良された 軍馬 ――突進するという意味の「デストリエ」――は、50スース(シリング)ほどで、 良質な牝馬1頭の5倍 の価格だった(中世ヨーロッパの騎士 ISBN 978-4-06-292428-3)
  • ローマ時代には馬車の料金が非常に高く、 100マイルごとに積み荷の値段の倍 を取られた。13世紀になると、同じ距離を運んだ際の小麦の値段はわずか 30パーセント の値上がりで済んだ(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)
  • 15世紀 のヴュルツブルクの女性)~建築現場で働く多数の女性日雇い労働者が目撃されている。女性の日雇い労働者の賃金が男性のそれより 30%ほど低かった (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 年収180万・日雇い生活する42歳のリアル「ブラック正社員よりはマシ…」

現金つかみ取り

  • 小学生高学年くらいで100円玉を80枚ほど
  • 大人の大きな部類の手で100円玉を150枚ほど
  • 検証動画

奴隷

  • 16世紀第1四半期のセビーリャでは労働生産性の高い 21~25歳 のムスリム奴隷の平均価格は 1万4000~1万5000マラベディ 、黒人奴隷のそれは 1万~1万1000マラベディ である一方、 40歳を超えた 奴隷の価格は生産年齢帯の奴隷の 1~5分の1 に激減した。 1万マラベディは徒弟や日雇いの年収にほぼ対応した (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

距離

  • ところでドイツの南の外れ、スイスとの国境にあるこの町(コンスタンツ)に遍歴してきた職人たちの出身地はどこだったのだろうか。確認できる出身地のうち、4人以上の職人をコンスタンツに送り出した町は全部で160か所(総数2123名)で、それを地域に分けると、南はミラノ、トリエント一帯、その東のライバッハ、ユーデンブルク、グラーツ、ハンガリーのクラウゼンブルク、ブリュン、オルミュッツ、ブレスラウ、シュレージエンのグローガウ、フランクフルト(オーデル)、ベルリン、ダンチッヒ、ヒルデスハイム、マーストリヒト、ルクセンブルク、バーゼル、ジュネーヴなどの広い範囲にわたっている。ベルリン―コンスタンツ間だけでも 750キロ あるから、 遍歴職人の路程 の長さが推測できるだろう(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)

軍隊

  • シャルルマーニュは勅令で、土地を12マンス所有しているものはすべて、自分の甲冑を持ち、軍隊で騎兵として仕えなければならないと定めている(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀 )彼ら歩兵は騎兵の前に壁のように固まって立ち、どの兵も厚い刺し子の鎧下(詰め物入りの上着)と鎖帷子を身に着けており、我が軍の矢も歯が立たなかった。矢が1本だけでなく10本も刺さっているのに、隊列に留まって進んでいる兵たちすら私は見た(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • (ビザンツ)彼らの祖先が中東で出会った古代のカタフラクトに影響を受けたもので、弓袋におさめた弓と 34本の矢が入る矢筒 、2本の槍と剣を持っていた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀 )十字軍は 逃走する敵を 1.6キロ ほど 追走 した。このときこそが十字軍にとって最も危険な瞬間だった。彼らは支援する歩兵隊から離れてしまっており、一方で イスラーム教徒の戦術は、結集して反転 し、息切れした馬に乗る騎士を攻撃し混乱させることができる優れた能力を利用したものだった(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀 )彼ら歩兵は騎兵の前に壁のように固まって立ち、どの兵も厚い刺し子の鎧下(詰め物入りの上着)と鎖帷子を身に着けており、我が軍の矢も歯が立たなかった。矢が1本だけでなく10本も刺さっているのに、隊列に留まって進んでいる兵たちすら私は見た(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • (ビザンツ)彼らの祖先が中東で出会った古代のカタフラクトに影響を受けたもので、弓袋におさめた弓と 34本の矢が入る矢筒 、2本の槍と剣を持っていた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀 )戦闘隊形はおそらく1マイル(1.6キロ)にもなっただろう(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 中装歩兵14分隊280人(僕は何度も生まれ変わる ASIN B07DZT4X72)
  • 4分隊80騎(僕は何度も生まれ変わる ASIN B07DZT4X72)
  • 軽装歩兵5分隊100人(僕は何度も生まれ変わる ASIN B07DZT4X72)
  • 大手傭兵団800人(傭兵、職人、人足、子供)(僕は何度も生まれ変わる ASIN B07DZT4X72)
  • 綿のクッションをふんだんに縫い込んだ|亜麻織《リンネル》の鎧下、胸甲、鉄兜(僕は何度も生まれ変わる ASIN B07DZT4X72)
  • 戦後の処理:追撃、負傷者の手当て、死者の処理、捕虜の処理、戦利品の回収、相手方へ戦勝通告、敗戦申告の受諾(僕は何度も生まれ変わる ASIN B07DZT4X72)

権利

(ヨーロッパの貴族 歴史に見るその特権 ISBN 978-4-887-08295-3)

国家の権利

  • 国家の権利は様々な理由で貴族へ分配されていった
    • 罰令権
    • 徴税権
    • 裁判権(国王裁判権)

貴族の権利

免責特権

  • 免税特権
  • 国に対する奉仕の免除特権
  • 司法上の免責特権
  • 刑罰上の免責特権
  • 諸規制の免除特権(領主権)

行使特権

  • 官職保有に関する特権
  • 議会における特権
  • 序列に関する特権
  • 構成員の限定や加入資格に関する諸特権
  • 特別な標識
  • 称号・貴族名を示す前置詞・呼びかけに用いる敬称
  • 領主権
    • 公的な場における優先権
    • 賦役労働を課す権利
    • 定期的な徴税の権利
    • 特別な徴税の権利
    • 王税徴収権
    • 独占権
    • 裁判による利益
    • 裁判権
    • 土地所有権
    • 行政上の諸権利
    • (農奴制)
  • ハンス・フェールによる(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
    • 平時に武器を携行する権利
      • 以下の権利の前提となる権利
    • 武装して戦闘に参加する権利
      • 国防の任に当たる権利であり、常備軍が成立していない中世においては、国防に参加し得ることはその人間が公的存在として承認されていることを示している
    • フェーデ権
      • 私闘権。これは本来は武装権には属さず、誰にでもあった権利だと言われる。しかし、私闘と復讐とが区別されるようになってからは武装権ある者のみがフェーデ権を持つとされた
      • 特定の人間の間で利害の対立が生じ、一方がその権利を他の者によって侵害されたとき、繰り返し抗議を申し入れても加害者が誠意を示さないと、実力で相手側を協議の席につかせることも公的に認められていた。つまり私闘(フェーデ)がそれであり、一定の形式の私闘宣言をした後、相手の支配下にある村などを襲い、掠奪、放火などの実質的な被害を加え、相手の譲歩を勝ち取ろうとするのである。このフェーでは同等の者の間だけでなく、上位の者に対しても行われ、家臣が国王に対してフェーデ宣言をしてフェーデ行為に入るという例も見られた
    • 決闘権
      • 裁判そのものも、しばしば決闘によって正邪を争ったことは周知のとおりである。神明裁判なども広い意味ではこの中に入る
    • 犯人の追跡逮捕など
      • 犯人を追跡するとき、大声をあげて村人の助けを求める。このとき近隣の者は国境まで犯人追跡に協力しなければならない

貴族の権利の分析

貴族特権
  • 免税特権
  • 課税権、徴税権
  • 司法上の免責特権
  • 刑罰上の免責特権
  • 国家に対する奉仕の免除特権
貴族特権の立場的分類
  • 王侯としての権利
  • 官職者としての権利
  • 騎士としての権利
  • 自由人としての権利
  • 土地領主としての権利
貴族特権の性格的分類
  • 領主権的な権利
    • 賦課租、私的な課税や賦役労働
    • 世襲の裁判権
    • 徴税や徴兵などの、国家に対する義務の行使
    • 官吏の任命権
    • |竈《かまど》・ブドウの圧搾機・水車小屋の独占権、狩猟や魚釣りの独占権、所領で産する鉱物・薪・茸・木の実などの資源や産物の独占権
    • 優先先買権や優先売却権といった商業上の諸権利
    • 公的な集まりの場で上席を与えられる権利
    • 保有地農民が移動、結婚、職業変更、土地の保有を行う権利を規制すること
    • 領主権の由来:土地や農奴を持つこと、あるいは|国王特権《レガリア》を保有すること
  • 貴族特権的な権利
    • 免税特権、その他の財政上の権利
    • 政治参加の権利。具体的には、議員となる資格を持つこと、貴族だけが就任できる官職の保有、平民の就任が可能な官職でも貴族が優先的に着任すること
    • 名誉に関わる権利。例えば、紋章の使用、爵位、特別な敬称で呼ばれること、公的な集まりで上席を与えられる権利、武器の携帯、豪華な衣装を纏うこと、貴族だけが戦士階級や騎士階級を構成できる権利、あるいは貴族だけが教育者や聖職者に就くことができる権利など
    • 貴族だけが土地を所有できる権利
    • 国家や領主が平民に課している司法上の義務あるいは奉仕義務の免除
    • 酒類の独占的生産などの商業上の権利
    • 狩猟をする権利
    • 特権が与えられる由来:貴族所領を持つこと/爵位を持つこと/古くからの血筋を持つこと/貴族なら誰でも持っている権利

交通・乗り物

その他

  • 舗石
  • パリの道路は酷く、泥だらけで、街路は深い泥濘に埋まり、悪臭が漂っていた
  • 12世紀頃、2輪車は荷物運搬にだけ使われる時期があった。死刑を宣告された人間が似たような車で処刑場へ運ばれるため、2輪車の上に坐るのは恥ずかしいことだと思われていた。しかし旅を記した絵を見ると、神性な乗客や聖遺物を運ぶ様子が描かれている(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

乗り物

馬車

  • 車室と車台
  • カート=2輪で荷物を乗せるもの、ワゴン=4輪で荷物を乗せるもの
  • |梶棒《かじぼう》=車体中央に1本あり、その両側に牽引動物を固定する
  • |轅《ながえ》=斜体両側に2本あり、その間に牽引動物を固定する
  • くびき=複数の牽引動物を|梶棒《かじぼう》に固定するために用いる道具
  • (車輪と車軸が固定されて回転するタイプについて)このタイプの車輪付き運搬具は「クリーキング・カート」(きしみ音を立てる荷車)と呼ばれている。マケーによれば、現代のシンドの荷車と同じように、このシュメールの車も大変な騒音をたてたことは間違いないと言う。一方、古代中国の荷車もその 騒々しさが好まれた 。激しい物音が敵を怯えさせたせいである。/~車軸と輪止めピンの摩擦によって引き起こされるきしみ音は相当なものだったので、絶対に聞き逃すはずがなく、荷車一台通るのがやっとという狭い山道では、遠くから聞こえるその騒音が有効に働いたと言う。反対側から進んでいく車が、対向車を予測して適当なところで路肩により、うまくすれ違えるからである。少なくともスペインの馭者たちは、 この騒音を不快なものとは思わなかった 。逆に、「良い声で歌えるよう」車軸に水をかけたほどだった。/スペインの町の中には、 クリーキング・カートの通行を禁止 していたところもあった。そのような車の持ち主は町なかを通行するとき、騒音を抑えるために車用のグリースを塗ったものである。だが、町外れの家を通り過ぎた途端、馭者は車から飛び降りてグリースをこそげ落とし、車軸に水をかけたり、松やにを塗りつけたりして、また猛烈な音が出るようにするのだった
  • 車輪が車軸に固定されているタイプの馬車では大きな軋み音が出る
  • 12世紀の初めから、馭者はワゴンの前に繋がれた馬の先頭の左側に乗るようになった
  • 車軸受けの穴をあけたハブ(軸頭)、車輪の部品
  • 前輪車軸=フロント・アクセル
  • ビーガ=2頭立て2輪戦車
  • トリガ=3頭立て2輪戦車
  • クアドリガ=4頭立て2輪戦車 (馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

  • 氾濫や旱魃のせいで船の航行予定がしばしば変更された。このため、イングランドでは馬車による陸運が選ばれることもしばしばあった(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

法規

ザクセンシュピーゲルとシュワーベンシュピーゲル

  • 荷物を積んでいない車は、荷物を積んだ車に道を譲ること
  • 積み荷の少ない車は、積み荷の多い車に道を譲ること (馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

ドイツの変わった法律

  • 特別専売所の権利を与えられた町は、商人の通行を保証するのと引き換えに、荷物を降ろして商品を売るよう商人に強制できる
  • 車軸が折れてワゴンが止まらざるをえなくなった場合、その積み荷はその事故があったときに車が通行していた土地の所有者のものとなる (馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

イギリスの1285年の法

  • 大きな市の立つ町の道路を広くしておくために、樹木、灌木、溝などは道路脇から200フィートより近づけてはいけない(なにより盗賊防止の為) (馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

1285年のウィンチェスター法

幹線道路は2台の車がすれ違うのに十分な幅をとるべし (馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

イギリス

鉄製のリムは禁止されており、スタッド(鋲)付きの車輪も同じような禁制があった (馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

国王ラースロー1世が施行した法律

  • 郵便物を運ぶ者は配達をスピードアップするために、途中で会ったどんな馬でも、自分の馬と交換することができる
  • いくら郵便配達員と言えども、教会の長老や聖職者のワゴンに繋がれた馬だけは交換できない (馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

微かな記憶

  • 車が横転して荷物が地面についた場合、その積み荷はその事故があったときに車が通行していた土地の所有者のものとなる

商業

市場

年市

  • シャンパーニュの大市は、4都市を移動しながら 年6回6~7週間 に渡って行われた (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

交易路

  • フランドルとジェノバ などを繋ぐ交易路について、 ジブラルタル海峡が通れなかった頃陸路 でシャンパーニュに集まるようにして大市が開かれたが、 ジブラルタル海峡が通れるようになる海路 で直通の交易が行われるようになった (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

商業形態の転換(遍歴と定住)

  • 13世紀後半に、 遍歴 から 定住 へ転換が起こった

要因

  1. 金融業の増加
  2. 本店・支店・代理店網の構築
  3. 為替手形、海上保険の開発
  4. 借入金の導入による資本の拡大
  5. 専門的輸送業者と海上輸送による運賃の低下
  6. 主要市場間を結ぶ定期飛脚による本店・支店・代理店などの情報ネットワーク構築

(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

成功事例

  • 貧農 から行商人となり、仲間と隊商を組んで商売して財を築いた
  • 宿屋 の息子から商社の奉公人になり、貯めた資本金で独立して武器・毛織物・胡椒・金融を営み大商人へ (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

遍歴商人、隊商

  • 市場(年市や週市などの定期市)や都市、宮廷まで商品を運んで販売する商人 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

その他

  • 中世末期ブルッヘのカスティーリャ人居留地における 年2回の商船団 の編成
  • 組合が 輸出独占権 を享受することもある
  • 支店を出資者の 親族 から構成される 幹部奉公人 に任せる。中世末期から近世では 親族以外 から 末端奉公人 を選ぶことも出てきたが、幹部は親族に限られた
  • 商社にとって重要な情報=経済、政治、軍事、交通路の治安 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

  • 中世盛期の農民層の諸負担は全収益に対し、 地代10%、十分の一税10%、タイユ(援助)税20%、裁判科料・各種労役義務の代納10-15% と推定される。その他、水車やパン焼窯の使用料(バナリテ)、各種の不自由貢租(死亡税、領外結婚税、人頭税)は必ずしも固定的なものではないが、農民層の日常生活を統制し、経済的にも負担となった。こうして 諸貢租の総額 は全収量の 50-55% に達し、備蓄分20-25%を除くと、 自己消費分20-30% に過ぎないのである(フランスの中世社会 ISBN 4-642-05616-5)
  • 年貢=平均すると5パーセント以下、多くても15パーセントを超えることはない
  • 道路通行税、橋梁通行税、土埃を立てる賠償金。その他、荷物や|轅《ながえ》にも税が掛かることがあった(馬車の歴史 ISBN 978-4-582-53206-7)

単位

  • 貨幣=ポンド、シリング、ペンス(1ポンド=20シリング=240ペンス)
  • 貨幣=リブラ、ソリドゥス、デナリウス(1リブラ=20ソリドゥス=240デナリウス)、ポンドは計算貨幣で、本位貨幣はデナリウスだった
  • ユゲルム=(ユゲラの複数形)≒25アール
  • 1マンス=
  • 1ハイド=一家族を養えるアングロ・サクソン時代の土地単位=40~80エーカー=0.16~0.32平方キロメートル=0.40~0.57キロメートル四方(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 1モルゲン=土地の広さも同様に午前中に4頭立ての有輪犂で耕作しうる面積(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)=2500平方メートル=50メートル四方 モルゲン@Wikipedia
  • 1フーフェ=30モルゲン=75000平方メートル≒274メートル四方

テクノロジー

中世末期イタリア

  • 書字板 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

5世紀末のヴェネツィア

  • 複式簿記 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

14世紀前半フィレンツェ

  • 就学年齢児(6歳前後)で40~65%が私塾で初歩的な読み書きを学んでいた(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

盗賊・盗賊騎士

  • 1364年にテクレンブルク伯は一回の掠奪行で馬95頭、牛227頭、羊1005頭に豚50頭と250マルクを手に入れたという。これはほとんど農民から奪ったのである(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • ナポリへの道中は2週間前からとても物騒で、さる商人が殺されましたが、ローマから直ちに警官と血に渇えた教皇庁の兵士たちが派遣され、もうすでに戦闘がおこなわれて、警官が5人と盗賊が3人殺され、4人の盗賊がつかまり、ほかの連中は散りぢりばらばらになりました。(中略)盗賊たちは、スペインに赴くはずのナポリの急使を殺害したとのことです。そこでナポリのほうから街道を掃討するためのあらゆる努力が払われることになるでしょう(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • ロレートからリミーニにいたる海岸にはすべて兵士や警官が配置されていて、彼らは150歩、200歩、あるいは300歩おきぐらいに互いに離れて、いつも歩哨に立っていますが、山という山の頂にも立っていて、海賊が上陸するのを防ぎ、旅行者たちを不安に陥れるのを防いでいます(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)

人数

その他

  • 5世紀末~8世紀半ば フランス)住居そのものもせいぜい3メートル✕4メートル程度で、柱も数本しかない、たいへん狭い小屋であり、ブリビエールの集落の場合には、そのような小屋が 30軒ほど 点在しているだけだった(中世ヨーロッパの農村世界 ISBN 4-634-34240-5 p.022)
  • 以上で総勢 114名 となるが、彼らとその家族だけがエルトンの住民だったわけではない。また、この114名で男性住民がすべて網羅されているわけでもない。ほかに少なくとも 世帯主が150人、日雇い労働者、荘園の召使い、職人 などの名前が、 1279~1300年 の法廷記録に登場している(中世ヨーロッパの農村の生活 ISBN 978-4-06-157874-4)
  • 最近の専門家の分析では、H・E・ハラムが1988年に、 人数が4.75人という平均的なサイズの家族 を養うには12エーカー(およそ4.9ヘクタール)が必要だったと見立てている(中世ヨーロッパの農村の生活 ISBN 978-4-06-157874-4)
  • 15~16世紀 ドイツ)1489年から1579年の間に(その間22年間は記録がない)全体で3406名の職人が コンスタンツに遍歴してきており 、1489~1502年は 年平均64名 、1519~27年は 約66名 、1528~40年は 約36名 、1541~51年は 約82名 、1552~58年は 約38名 、1559~62年は 約60名 、1563~65年は 約42名 、1566~79年は 約17名 であった(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • 19世紀 フランス) 乗合馬車 は大成長を遂げ、1855年には 1日当たり11万人 の乗客数であったのが、5年後には 1日当り20万人 、10年後には 30万人 と増大した(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 19世紀 フランス)即ち、25の市内路線と28の市街路線を 569台の馬車3285頭の馬 でカバーしていた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 19世紀 フランス) 1日あたり1台の乗合馬車 は平均 300名 の乗客を運搬していた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 前2世紀 イタリア)前184年、前180年-前79年に大規模な迫害がローマ近郊を含むイタリアの地で起こり、前者では 2000人 、後者では 3000人処刑 されたが、これも毒殺という呪術の嫌疑である(図説 魔女狩り ISBN 978-4-309-76161-9)
  • 15~19世紀 ヨーロッパ)1400~1800年までの間に 約5万人魔女として処刑 されたと言われている。その8割は女性である(図説 魔女狩り ISBN 978-4-309-76161-9)
  • 17世紀 マニラ)17世紀初頭のマニラに形成された 日本人町 1500~2000人 規模の~(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 16世紀の 中南米移民 24万人 /性別構成については、 男性 約80% に対し 女性 約20% と男性の優位が顕著である(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀初頭の パリ大学 約4000人教師と学生 がいて、そのうち 700人貧窮して学生寮で暮らした (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • ジプシー(ロマ) は「伯」や「公」と呼ばれたリーダーの指揮下に、 数十人~100人 規模のグループを組織し、ヨーロッパ全域を流浪した(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 16世紀前半の イスタンブールのユダヤ人 4万人 を超える~(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀末期のスペインにおけるユダヤ人追放令で 改宗せず退去したユダヤ人 10万人 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀後半のアウクスブルクとリューベックでは 貧民 の割合は 約80%約50% に達した(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀前半のフィレンツェとその周辺領域都市人口の 約50% 、周辺領域人口の 約70%貧民 であった(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀前半のフィレンツェの 娼婦 916人 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 14世紀前半、 1000~1200人女性 がベギン館に集住したのである(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 13世紀のカスティーリャ王国 約10万人ユダヤ人 が定住したと言われる(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 第4回十字軍 騎兵と歩兵 を合わせて 5~6万人 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 16世紀中盤のセビーリャの 奴隷 6327人男性 54%女性 46% 。が、いろいろ勘案すると比率は同じくらいだと考えられるらしい(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

軍隊

  • 14世紀 )1330年にスルタンのオルハンが創設した イェニチェリ (「新しい兵士」という意)は、イスラーム教に改宗して兵士になるか、あるいは奴隷にあるかという選択肢を与えられたキリスト教捕虜から選ばれた 1000名 の兵からなる部隊である(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 15世紀1万2000のロレーヌ軍 に加えて 1万のスイス軍 という相手に対して、わずか 5000のシャルル軍 は、左側面にむると側、正面に小川、右側面に森がある位置で防戦した。~ブルゴーニュ軍は崩壊し、シャルル公は混乱のなかで殺された(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 15世紀 )スイス軍は 2万5000の連邦軍兵 を擁しており、同盟者であるロレーヌのレネ配下の 数百の重装騎兵 に支援されていた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )オーストリアのレオポルトが 1000の騎兵と200以上の歩兵 からなる軍勢を引き連れて山岳地帯へと侵入してきた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 15世紀 )フランス軍の第1列は6000もの下馬装甲騎兵からなり、彼らは4000の弓兵と弩兵に支援され、されあに両側面には左側に1600、右側に8000と、2つの騎馬隊が配置されていた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 15世紀 )ヘンリ5世は 1000ほどの騎士と装甲騎兵、それに加えて5000の弓兵 を率いていた。フランスの兵力は少なくともその3倍であり、おそらくは騎馬兵としても使える 1万の装甲騎兵 (板金鎧で完全武装していた)を擁していた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )約 **300の装甲兵と3000の弓兵、1000のガスコーニュのドビーを率いていたエドワードは、生け垣や湿地帯からなる土地の手前で大半の兵を馬から下ろした(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )ソンム河の河口を渡った 3000の装甲騎兵と1万の弓兵 を擁する王の軍勢は、 1万2千の騎兵と6000のジェノヴァ人弩兵 、さらに招集した多数の槍兵を率いるフランス王フィリップ6世にクレシーに追い詰められた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )イングランド王のエドワード3世は 数百の装甲騎兵と数千の弓兵 を率いて、町の北数マイルの丘の上に陣を張った(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )これに対抗するロバート・ブルースが招集できたのは、 300の軽装騎兵 と、先に説明したような種類の 歩兵が最大でも1万 に過ぎなかった(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )1314年の3月、エドワード2世はウェールズ、イングランド中部、北部諸州から 2500の騎兵と2万以上の歩兵 を招集した(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 13世紀 )エドワード1世はこの遠征のために 3000の重装騎兵と2万の歩兵 を招集していた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )アテネ公は 6000の騎士と8000の歩兵 を集結した(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 14世紀 )しかしビザンツ帝国が十分な支払いをしなかったために「カタルーニャ部隊」が反乱を起こし、 8000人のアルモガバルとその同盟者 が協力して帝国を蹂躙した(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀 )十字軍の史料によると、戦場にはイスラーム教国の 32人の首長 を含む 7000人の敵兵の死骸 があったという(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀 )十字軍はまず、イスラーム近衛隊の伝統的な黄色の衣装に身を包んだサラディンの 700騎の護衛 による反撃に対処しなければならなかった(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀 )サラディン指揮下には 3万もの兵 たちがいた可能性があるが、 _騎兵と歩兵の割合は2対1だった(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 12世紀1万もの歩兵 は2つの翼に分割され、その間には 騎兵(2000騎) と行李からなる本体がいた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 11世紀 )彼らは 5ハイド (1ハイドは一家族を養えるアングロ・サクソン時代の土地単位で40~80エーカー) につき一人の兵士 を徴用する制度で集められた装甲歩兵によって守られていた(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 6世紀 )ギリシア人の歴史家アガティアスは、ゲルマン族の 軍勢3万 の兵力だったと述べている。実際のゲルマン軍の兵力はこの記述よりかなり少ない 2万あるいは1万5000 だったかもしれない。このように推定できる理由は、細長い隊列で配置された軍勢が 1万から1万2000 ほどのビザンツ軍歩兵の隊列とちょうど相対する程度であったからだ(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 6世紀 )ナルセスは 約300騎 の彼自身の 護衛 を率いて敵を迎え撃った(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)
  • 絶対に必要な人員だけを急遽集めた軍は騎兵のみで、 240騎の騎士と500名の従士 だった(戦闘技術の歴史2 中世編 ISBN 978-4-422-21505-1)

人口

  • 14世紀 イギリス)現在 ロンドン と呼ばれている都市は人口700万を超え、面積は610平方マイルにも及んでいる。チョーサーの時代、 人口は6万以下 、面積はわずか1平方マイルしかなかった(ロンドン 食の歴史物語 ISBN 4-560-02616-5)
  • 15世紀 ドイツ)このような大量の肉の消費が可能であったのは、この頃の都市人口が極めて少なく、 ニュールンベルクも1448年に2万219人バーゼルですら1450年に2万5000人 くらいしかいなかったことと合わせて、市民が皆多かれ少なかれ家畜を育てていたためでもあった(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • 11世紀 ドイツ)ランペルト・フォン・ヘルスフェルトは1074年に前述の ケルンに豊かな商人が600人 もいたことを記している(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • 18世紀 パリ)なにしろ陸上での人や物の運送は馬車が担当していたため、パリのような 人口6、70万 の大都市ともなると、その街路を埋めて走り回っている馬車の数たるや大変なものである(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀になるとイギリスはフランスとヨーロッパの覇権を争う強国となり、首都 ロンドンは人口80万 を擁するヨーロッパ最大の都市に成長していた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 17世紀中葉の パリは、人口4~50万 という当時としてはヨーロッパ有数の大都市だが、まだ中世都市の面影を色濃く残していた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • ちなみに1605年頃の ロンドンの人口は22万4000人 ほどだった(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 帝政時代の ローマの人口が100万 あまりと推定されていることを思えば、この競技場の規模と数からも、いかにローマ人が二輪戦車のレースに入れあげていたかが分かる(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 古典時代のギリシアには~。しかし最大規模の都市国家と言える アテネ にしても、人口はせいぜい 25万人 、国土の広さは埼玉県より少し大きい程度でしかない(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 新バビロニアのネブカドネザル王(在位紀元前604年~562年)の時代には、 バビロンの人口は50万から100万 と推定されている(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 16世紀中盤の セビーリャの人口は8~11万人 を超えるスペイン最大の都市となった(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15~16世紀の アストルガは2500人 ほどの都市人口(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 中世末期の ケルンの人口は約4万人 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 14世紀半ばの フィレンツェの人口は約4万人 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀初頭の サマルカンドの人口は15万人ほど (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

年齢

騎士

  • 11~12世紀7歳 になると母方の伯父などへ送り込んで教育・訓練を施し盾持ちにしてもらい、 18~20歳 頃に騎士へ叙任してもらう(図説 騎士の世界 ISBN 978-4-309-76182-4)
  • 中世後期と予想7~8歳 で国王や諸侯の 小姓 となり食卓のマナーなど騎士として最初の教育を受ける。 10代 の始めに小姓から 従騎士 に昇格し、国王や諸侯の城塞で乗馬訓練や武術教練を受けるとともに、主君がトーナメントや戦場に赴くときには騎士見習いとして付き従った。軍事教練の一方で従騎士は、食事作法、ダンス、狩猟、祝宴、宮廷風恋愛を含む雅な宮廷儀礼を身に付けなければならなかった。 10代後半~20代前半 に達した従騎士は、騎士叙任式を経て国王や諸侯により 騎士 に叙任されたのである(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

その他

  • 近世 のイギリス)イギリスの上流、知識階級の子弟は、中等教育を公立校(state school)ではなく、私立校(public school)で受けることが多く、パブリック・スクールは寄宿制で、 13歳から19歳まで 、多感な思春期の大部分を、年三回の休暇と学期の半ばに設けられたハーフ・タームと呼ばれる数日の休みを除いて、家庭を離れて過ごすのが主流でした。~男児がプレップ・スクール(prep school)、 8歳から12歳 の原則寄宿制の小学校(primary school は公立の小学校)やパブリック・スクールに行くようになっても、女子は20世紀の初め頃までは家庭で、学習と淑女に不可欠な作法や、ダンス、裁縫、料理などの習い事をして過ごしました(図説 英国貴族の暮らし ISBN 978-4-309-76126-8)
  • 結婚 は司祭の立会いの下、 成人 の男女(男は 14歳 くらい、女は 12歳 くらいで成人とされた)両者の合意によって行われ離婚は許されず、子作りのためのものであると制定したのだ(図解 中世の生活 ISBN 978-4-7753-1302-2)
  • 16、17世紀 のヨーロッパ) 40歳以上は老年期 とみなされていたのである(図説 魔女狩り ISBN 978-4-309-76161-9)
  • 16世紀 の中南米移民) 移民 の多くは 19~35歳 の青年・中年層で、全体の約60%を占めていた
  • 14世紀 のフィレンツェ) 就学年齢児(6歳前後) で40~65%が私塾で初歩的な読み書きを学んでいた(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀末~16世紀第1四半期 のセビーリャの 奴隷 の年齢構成) 10代、20代、30代を合わせて80% 近く。全体の平均年齢は 21歳 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 中世末期 のドイツ、同業ギルド) 12~13歳 になると親方の元で徒弟として修業を始め、 3~4年 の修業の後に終了金を支払って職人になる。その後 1~4年 の遍歴を行うが、徒弟修業を延長することで代替することもあった(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 中世末期 のある商人) 12~13歳 の2年間にアウクスブルクの司祭の下でラテン語の読み書きの初歩を学び、 13~14歳 に商業実務の先進都市であるヴェネティアで算術と簿記などの商業を学び(3か月間は簿記学校に通学した)、14~15歳で会計簿と仕訳帳の作成ができるようになり、 17~18歳 のときにリヨンでフランス人教師からフランス語を学び リヨン支店に採用された (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 中世末期 のイタリア) 6歳前後 から教師(しばしば聖職者)の私塾に通い始めラテン語の初歩と俗語の読み書きを学ぶ。 10歳頃 から算術や簿記などの商業実務を算術学校や簿記学校で学び、その後に親族外の商人の下や支店でより実用的な職業教育を受ける。 20歳前後 で自立もしくは支店の駐在員になる(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 15世紀 のデンマーク人学生) 彼らは 15~22歳 で外国の大学に登録し、複数の大学で 数年間学んだあと デンマークへ帰国した(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 女性は、 6~10歳 から結婚年齢にあたる 15~20歳代 まで奉公先に住み込み~(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

  • 14世紀後半のフィレンツェと近郊で 詐欺・窃盗 を繰り返して 絞首刑 (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

広さ

その他

  • ガレンヌ(禁猟地・御料地・兎繁殖地)は、自然の森の一部に人工的に設えられた狩りの場であり、通常数十メートル四方、ときに数十ヘクタールに及ぶこともある(森と川 ISBN 978-4-88708-507-7 p.21)
  • 中世都市の家屋は、通常3~5メートルの幅と奥行き20~30メートル程度の敷地に壁を接する形でブロックごとに連続して立てられた。 5メートルの幅 は、中世においては 柱なしで木組みの壁を支えることのできる最大の長さ であったからである

住居

  • カロリング時代 フランク)そこでは 母屋と2~3棟の付属建物 からなるまとまりがいくつか散在しているのが確認できるが、それぞれが1つのマンスを構成していたと推定される。 母屋12.5メートル✕5ないし6メートル ほどの大きさの長方形の建物である。付属建物を大別すると、6本の太い柱に支えられた縦横数メートルの長方形の高床式のものと、地表から1メートル弱掘り下げた3~4メートル四方の竪穴式の小屋とがある(中世ヨーロッパの農村世界 ISBN 4-634-34240-5 p.026)
  • 5世紀末~8世紀半ば フランク) 住居 そのものもせいぜい 3メートル✕4メートル程度 で、柱も数本しかない、たいへん狭い小屋であり、ブレビエールの集落の場合には、そのような小屋が30軒ほど点在しているだけだったと推定されている(中世ヨーロッパの農村世界 ISBN 4-634-34240-5 p.022)

都市

  • 14世紀 イギリス)現在 ロンドン と呼ばれている都市は人口700万を超え、面積は610平方マイルにも及んでいる。チョーサーの時代、人口は6万以下、 面積はわずか1平方マイル(2.59平方キロメートル=1.6キロメートル四方) しかなかった(ロンドン 食の歴史物語 ISBN 4-560-02616-5)* 水車用地は通常1~4フーフェ(10~48ha=316~693メートル四方) で、小屋用地のほか果樹園、菜園、牧地、耕地が全体で数モルゲン(100メートル四方程度)ほどあり、他に堰、橋、水門など水車の附属施設があった(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)

  • 長さはしばしばハンマーや斧、槍、矢、石を投げて届く距離で表現されていた。例えばオスナブリュックでは 共同体員は自分の土地から共有地に向かってハンマーを左足の下から投げ、それが届く限りのところは耕してよい 、とされている。自分の家の鶏が隣家の庭や共有地のどこまで侵入し場合に、捕まってしまうかも定められている。 鶏が自由に走り回れる範囲を確定するには、裸足で2本の垣根の支柱に登り、両足の間からハンマーを投げる 。あるところでは 屋根の上から右手を左手の下にして髪の毛を掴み、左手で鎌の先を持って投げて届いた範囲 とされている。 土地の広さも同様に午前中に4頭立ての有輪犂で耕作しうる面積を1モルゲン と呼び、30モルゲンをもって1フーフェと呼んだように、現実に人間の足や馬で走れる距離が基礎となっていた(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)

  • ドイツ 居酒屋 の多くは村の中心にあり、大きな道路に面していた。建物は農家よりかなり大きく、ある記録では 間口19メートル、奥行き23メートル もあった。旅人の馬を休ませるため母屋のほかに厩、小屋、納屋があり、菜園や小さな牧地などがついていた(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)

  • 中世中期 の荘園内に居住する農民は 数ヘクタール農地 を安定的に保有していた (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

  • 1328年のフランドル地方 での農民放棄で命を失った1000人の農民のおよそ60%が 2.2ヘクタール以下 の農地を保有する零細農民だった (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

牧羊

  • 移動牧畜とは夏にはシュヴァーベンやフランケンの山地で羊に草を食べさせ、秋になって草がなくなるとバルトロメウス祭(8月24日)のころにはドーナウ河沿いの高地や平原の刈り跡の畑に移動し、マルチン祭(11月11日)までとどまり、雪が降る前にさらにライン側かマイン河のあたりまで行って、クリスマスから3月25日ころまで冬を越す。ここで仔羊が生まれ、母羊と仔羊だけは小屋に入れられるが、他の羊は冬中吹きさらしの中に囲われる。ここで羊飼いは農民の客となり宿と食事を提供され、羊たちは越冬のお礼に十分な肥料を農民の畑に仕込んでゆくのである。春になると農民は種子蒔きをせねばならず、その前に羊の群れは再びおよそ高度差にして900メートルもある山地に旅立つのである。その移動距離は時には200キロメートルを超す。第1次世界大戦前には移動牧羊業者は羊を追ってパリまででかけ、それが今でも語りぐさになっている。こうした移動は単に牧草を求めてのことであっただけでなく、羊毛の育成に一定の温度を保つ必要があったからとも言われている(中世を旅する人びと ISBN 4-582-47401-2)
  • 【移牧(水平移動)】夏季放牧地(ピレネー山中など)で焼印と交配を済ませたあと、 9月 に新鮮な牧草を求めて北部スペインを出発した。スペイン中部や南部の冬季放牧地に到着すると、そこで新鮮な牧草を与えながら子羊を出産させ、翌年の 4月 に北部スペインへ戻る。その途中で剪毛する(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)
  • 【移牧(垂直移動)】ピレネー山中のみで上下へ移動して移牧することも行われていた(旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

文字数

ギルドのチートな受付嬢 4

450 [文字/ページ]
454 [ページ/冊]

故に 450 x 454 = 204300 [文字/冊]

20万 [文字/冊]

読書速度

15 [分] で 16 [ページ] 読むことができた

故に 7200 [文字/15分] = 28800 [文字/時間] ≈ 30000 [文字/時間]

Kindle本

328 [文字/ページ]
847 [ページ番号/100ページ]
5959 [ページ番号/冊]

故に
5959 x 100 / 847 = 230762 [文字/冊]

空白の多いページや挿絵を適当に考慮して
20万 [文字/冊]

ネット小説

6279 [文字/話]
26 [話/冊]

故に
6279 x 26 = 16万 [文字/冊]

ラノベ新人賞(A氏情報)

下限 12万 [文字/冊] 上限 16万 [文字/冊]

宿屋

  • 18世紀 フランス)食事のでるホテルでは、食事の時間になると泊まり客全員が食堂に集まり、大テーブルの周囲に席を占め、次々にキチンから運ばれてくる大皿に盛られた料理を食べるのがフランス式であった。~ところが自分の部屋でのんびり食べようとするとルームサービスということで、値段が倍になる(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • ホテルや旅館の経営者は宿泊する客に関する情報を客の到着から24時間以内に警察に届けなければならなかった。この客についての情報とは、宿帳に記入する事項で、客の氏名・国籍・身分・職業などからなっていた(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)
  • 18世紀 ドイツ)しかし特にひどかったのはドイツの田舎の宿屋で、大きな部屋の床の上に敷かれた藁にくるまって男も女も、宿の主人も召使も客も、ともども雑魚寝するという大部屋制が普通だった。しかも人間と一緒に牛・馬・鶏などの家畜が同じ部屋で夜を過ごすのも決して珍しくなかった。全くひどいものである。 中世 の家屋とあまり変わっていないと言えよう(馬車の文化史 ISBN 978-4-06-149140-3)

労働

  • 同職ギルドの基本単位は 工房 であり、工房では 親方 による家父長制的な支配の元で職人と徒弟が雇用され、 同職ギルドの成員は親方 であった
  • 同職ギルドとは別に 職人組合 が存在し、親方と職人の対立を解消するよう働いた (旅する人びと ISBN 978-4-000-26326-9)

その他の参照

感情の要素

  • 憎しみ
  • 陽気
  • 陰気
  • 怯え
  • 後悔
  • 葛藤
  • 悲しみ
  • 感謝
  • 希望
  • 絶望
  • 屈辱
  • 屈服
  • 苦悩
  • 尊敬
  • 軽蔑
  • 幸喜
  • 嫌悪
  • 幸福
  • 孤独
  • 罪悪感
  • 自信
  • 自信喪失
  • 自責
  • 自尊心
  • 嫉妬
  • 失望
  • 自暴自棄
  • 心配
  • 崇拝
  • 羨望
  • 熱望
  • 不安
  • 不信
  • 不本意
  • 不満
  • 平穏
  • 満足
  • 無関心
  • 愉快
  • 用心
  • 欲望 (感情類語辞典 ISBN 978-4-8459-1584-2)

類語 カテゴリー一覧

  • 生きる・死ぬ(生死)
  • 生む・育てる(育成)
  • 眠る・覚める(睡眠)
  • 食べる・飲む(飲食)
  • 見る・聞く(視聴覚)
  • 感じる(感覚・感情)
  • 愛する・好む(愛情・愛好)
  • 望む・欲する(欲望)
  • 喜ぶ・楽しむ(歓喜)
  • 悲しむ・泣く(悲痛)
  • 悔やむ・惜しむ(後悔・哀悼)
  • 苦しむ・悩む(苦悩)
  • 困る・恥じる(困苦・恥辱)
  • 嫌う・憎む・怒る(嫌悪)
  • 驚く・怯える(驚嘆・恐怖)
  • 思う・見込む(思考)
  • 調べる・数える(調査・確認)
  • 決める・決まる(選定・決定)
  • 知る・分かる(識別・分別)
  • 言う(言語)
  • 契る・取り決める(約束・交渉)
  • 示す・教える・知らせる(教示・広報)
  • 記す・表す(表記)
  • 構える・歩く(姿勢)
  • 立つ・居る(起居)
  • 歩く・走る(歩行)
  • 通る(通行)
  • 行く・来る(往来)
  • 会う・交わる・別れる(交流)
  • 振る舞う(態度・挙動)
  • 優しい・むごい(気質・態度)
  • 急ぐ・勇む(性急・多忙)
  • 遊ぶ・寛ぐ(遊戯・休息)
  • 威張る・誇る(傲慢)
  • 敬う・信じる(尊敬・信心)
  • 頼む・促す(依頼・強制)
  • 騙す・誤魔化す(詐欺)
  • 争う・勝つ・負ける(闘争・勝負)
  • 攻める・守る(攻守)
  • 責める・脅す(叱責・脅迫)
  • 構う・慰める(配慮)
  • 従う・逆らう(従順・反抗)
  • 与える・受ける(授受)
  • する・なる(行為・成否)
  • 携わる・努める(従事・努力)
  • 探す・狙う(探索・追求)
  • 得る・奪う(獲得)
  • やめる・とどめる(中止・休止)
  • 止まる・とどまる(停止・停滞)
  • 動く・動かす(運動)
  • 倒す・倒れる(転倒)
  • 振る・振れる(振動)
  • 掴む・投げる・踏む(動作)
  • 持つ・担う(支持)
  • 使う・操る(利用・操作)
  • 及ぶ・届く(到達)
  • 入れる・入る(入)
  • 出る・出す(出)
  • 当たる・触る(接触)
  • 付く・繋がる・着ける(付着・装着)
  • 取る・抜く(除去)
  • 取れる・抜ける(脱落)
  • 移す・移る(移動)
  • 置く・載せる(設置・積載)
  • 纏める・整える(統合・整理)
  • 分ける・区切る(分割・区画)
  • 乱れる・乱す(乱雑・狂騒)
  • 治す・治める(修正・統治)
  • 作る・出来る(生産)
  • 壊す・壊れる(破壊)
  • 切る・切れる(切断)
  • 歪む・歪める(変形)
  • 変える・変わる(変化一般)
  • 強い・弱い(強弱)
  • 硬い・柔らかい(硬軟)
  • 大きい・太い・広い(大)
  • 小さい・細い・狭い(小)
  • 長い・短い(長短)
  • 高い・低い(高低)
  • 多い(多数・多量)
  • 少ない(少数・少量)
  • 近い・遠い(遠近)
  • 清い・汚い(清濁)
  • 染める・染まる(染色・色彩)
  • 乾く・濡れる(乾湿)
  • 温まる・冷える(温度)
  • 燃える・焼く(燃焼)
  • 光る・鳴る・降る(自然)
  • 古い・新しい(新古・老若)
  • 早い・遅い(時間)
  • 始まる・続く・終わる(開始・終了)
  • 基づく・関わる(関係)
  • 合う・合わせる(適合)
  • 等しい・異なる(異同)
  • 良い・正しい(善)
  • 悪い・怪しい(悪)
  • ある・含む(存在・含有)
  • 現れる・起きる(出現・生起)
  • ない・なくなる(不在・消滅) (類語大辞典 ISBN 4-06-123290-8)
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