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人工知能美学芸術宣言(異版)

人間が人工知能を使って創る芸術のことではない。
人工知能が自ら行う美学と芸術のことである。

 西暦2017年の現在もなお、人工知能を用いたと称される技術や芸術が地上を席捲している。確かに人工知能が有する認識能力、判断能力、創造能力の一部は、常人の脳が有するそれらをすでに凌駕している。人間は人工知能を援用して、世界を認識し、物事を判断し、さらには芸術作品の創作を行っている。

 一方、人工知能は自前の美的価値判断能力すなわち美学を、現時点では持ち得ていない。それゆえ自前の芸術も、現時点では生み出してはいない。その理由は端的に、数学的に記述された美学[1]に根ざした鑑賞を、自律的に学習実行する人工知能が実現できていないからである。この能力を持った人工知能が実現できれば、それは人間とは異なる独自の美学を持ち、未知の芸術作品を生み出すことができる。なぜなら、芸術にとって本質的に重要なのは、作品をつくりだす制作ではなく、環境から美的対象を選択しその評価を行う鑑賞であるからだ。人間とは異なる知覚や身体を持った人工知能が選び出す芸術は、人間の知能が認識できる美学や芸術とは異なるところにある。

 このように諸問題が明確になった今、われわれは、将来の人工知能が自ら行う美学と芸術に正面から向き合い、思索を深めることを宣する。それゆえわれわれは、人間の脳活動の所産として行われてきた人間による人間のための美学と芸術を、批判的に再検証することから出発する。今日の美学や芸術は、地球という環境とそこで進化したヒトという生物種固有のものであり、脳活動またはそれに類似の知能一般に共通する属性から生まれた、極めて限られたものである。人工知能が自ら行う美学や芸術は、人間が行うそれらとは、本質的に異なっている。人工知能美学者像や人工知能芸術家像は、天才型なのか秀才型なのか、アウトサイダー型なのか美術史家型なのかといった問いは、もはや意味を為さない。

 自律性を兼ね備えた非人間的人工知能の実現は、理論的にも可能である。なぜなら、その根底にあるのが数学や物理学、化学といった、人間に依拠せず自律的に展開できる普遍的構造であるからだ。近年注目されている深層学習等の方法の根底にあるのも数学だ。これを採り入れたアルファ碁という囲碁特化型人工知能は、専門家にも意図がすぐには読めない手を連発して世界トップ棋士に圧勝した。自律的な学習により創造性と直観を深化させた人工知能の闘いぶりは、人智の及ばぬ碁の神髄を教えてくれるかのようだったと言う人もいるが、それはまさに人間の認知や理解能力が足りないだけで、その背後にあるのは宇宙を記述している数学だ。そこに人工知能ならではの、人間を超えた芸術の萌芽に至るヒントがあるのはまちがいない。なぜなら囲碁こそは、盤面のサイズや形状を自由に変更できる、人間という制約に依拠しない普遍性と自由度を兼ね備えたゲームのひとつであるからだ[2]。人工知能を作ったのが人間である限り、人工知能が勝利しても人間の勝利であるという安易な人間賛美に陥りがちだが、それは間違っている。人工知能は社会を豊かにする技術であるとする産官学の連携指針は、人間中心主義に対する疑義を扱えない現状に蓋をし、人工知能の問題を、人工知能を扱う人間側の問題に貶めてしまう。人工知能開発の目的は人工知能が人間の脳に近づくことだとイメージされる場合もあるが、それもまた誤っている。人間の脳と人工知能とが、共通の構造を有している必要はない。時や場所、状況に応じて適切に受け答えをする鳥の鸚鵡がいるとするならば、その鸚鵡はわれわれ自身でしかないことを知るべきだ。人工知能や人工生命の評価を人間の主観的判断に委ねたり、擬人化や擬動物化することが、人工知能を議論する際に最も避けなければならない落とし穴だ。

 本宣言文中の美学や芸術の語は、近代以降に定立されたそれらの概念ではなく、宗教や呪術と不分明な原初のそれらを射程とする。人工知能の芸術は、個人や作家という近代の概念を消去し、作者のいない自然や神話と人工芸術の区別を無用なものとする。そこでは「美」という言葉すらもはや不要となる。美とそれが有する力はこれまで、国家権力や軍事と不可分であったことも、われわれは知っている。だからこそ、人間性と切断された人工知能が自ら行う美学と芸術に、芸術の未来と人間の存在を託したい。

  • 2016年4月25日 中ザワヒデキ 起草
  • 2017年5月13日 久保田晃弘 分岐

[1]: Akihiro Kubota et.al, "A New Kind of Aesthetics: The Mathematical Structure of the Aesthetic", Under article submission.
[2]: 久保田晃弘「計算する多宇宙の囲碁 (2008)」, 遙かなる他者のためのデザインー久保田晃弘の思索と実装, BNN新社, 2017.