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[1] [[日本の標準時]]を現行のものから改変したり、
[[夏時刻]]を導入したりする提案は、
[[大正時代]]から大小含めて綿々と続けられてきました。
[[昭和のサンマータイム]]を除けばいずれも失敗に終わりました。
* 夏時刻制
[126] [[欧米]]で実施されている[[夏時刻]]を導入するべきとの提案は、
[[欧米]]での開始直後から現在まで度々行われています。
[11] [[第二次世界大戦]]の停戦後、
旧[[大日本帝国]]の多くの[[領域][国の領域]]では[[夏時刻]]制が導入されましたが、
生活習慣に合わないなどの理由でいずれも数年で廃止されています。
[SEE[ [[東アジアの標準時]] ]]
** 大日本帝国の夏時刻論
[514] [[欧米]]での[[夏時刻]]制実施を受けて、[[日本]]国内でも同様の[[夏時刻]]を実施するべき、
あるいは[[日本]]版[[夏時刻]]制度を創設するべきといった議論が行われました。
しかし賛成派が主流となることはなく、ついに実施には至りませんでした。
[24] [TIME[大正6年][year:1916]]の学会誌[CITE[天文月報]]では、
[[欧州]]の[[夏時刻]]実施が[[曙光利用法案]]として紹介されています
[SRC[>>713]]。紹介者はかなり批判的で、[[科学者]]を無視して愚策を実施している
[SRC[>>713]]と怒ってすらいそうですが、
次号では一応賛成意見も紹介しています [SRC[>>26]]。[[日本]]の[[科学者]]も賛否両論だったのでしょう。
この当時はその他にも[[夏時]]や[[日光利用法案]]、[[夏時法]]、[[夏期時刻]]といった訳語が用いられていた
[SRC[>>5]] ようです。 [[summer time]] 系統と [[daylight saving time]] 系統の語がどちらも同時に輸入され、
それぞれもまたどう翻訳するべきか決め兼ねていた様子が見て取れます。
[711] [[平山清次]]は[TIME[大正7年12月][1917-12]]の講演で、
1時間ずつ一度に変更するのではなく、短時間ずつ徐々にずらしていく方式を日本で採用することを提案しました
[SRC[>>712, >>715, >>716, >>717]]。[[夏時刻]]は ([[天文台]]が[[夏時刻]]に対応さえすれば)
いつも通りに[[時報]]に合わせて[[時計]]を調整するだけで実現可能であり、
([[暦法改良]]や[[度量衡]]統一と比べて) 大した負担はないと認識していました [SRC[>>712]]。
;; [718] この時期にかなり短期間で[[欧米]]のほぼすべてで[[夏時刻]]が導入され、
[[平山清次]]も[[文明国]]でまだ導入していないのは[[日本]]だけだと煽っています。
21世紀にも [[G8]] の中で[[夏時刻]]を用いないのは[[日本]]だけであり、導入するべきだと主張する人がおり、
なかなか興味深い。
[438] [TIME[大正13年][year:1924]]と[TIME[昭和4年][year:1929]]には、
[[関東州]]の[[商人]]が[[夏時刻]]の実施を提案していました。
;; [[関東州の標準時]]参照。
-*-*-
[708] 昭和3,4年頃には、[[鳩山一郎]]が提案していたようです [SRC[>>508, >>353, >>706]]。
本人が[[内閣書記官長]]時代に提案したと語っています [SRC[>>508]] が、
[[鳩山一郎]]は[TIME[1927年4月20日][1927-04-20]]-[TIME[1929年7月2日][1929-07-02]]に[[内閣書記官長]]を務めていました。
[1277]
[TIME[昭和4年6月27日][1929-06-27]]、
[[日本政府]]の[[内閣書記官長]]の[[鳩山一郎]]は、
定例[[事務次官会議]]において[[サンマー・タイム]] [TZ[+11:00]]
を実施することを提案しました。
参加した事務次官は「大体これに賛成」し ([[黒田英雄]][[大蔵次官]]のぼやきが新聞に掲載されていますが、
積極的反対ではなかった模様。)、各省で調査して第2回会議を行い、
新しい[[法令]]に基づき[TIME[昭和4年7月20日][1929-06-27]]から実行することを目指していました。 [SRC[>>1274]]
[1278]
当時既に米英で導入されていた[[夏時刻]]を[[日本]]にも導入し、
「早起き早寝主義」で[[節電]]にもなるとされていました。
鉄道当局も賛同していましたが、
警視庁は市民にとって不便だとして「極力大反対」
していました。
電力当局は節電効果に疑問を呈していました。
その他新聞には2時間という点に反対する工場従業員の声や、
十分な検討が必要だとした[[三井物産]]のコメントが掲載されていました。 [SRC[>>1274]]
[1275] 後世の文書は笑いものにされた [SRC[>>353]]
としているものもありますが、本人談 [SRC[>>508]] ではそこまでひどい扱いをされたような感じでもありません。[[夏時刻]]の提唱者が当初馬鹿にされたという逸話は[[外国]]にもあるようで、
まったくあり得ない話でもありませんが、要職についている鳩山の真面目な提案が、
公然と嘲笑されるとは考えにくいものです。
;; [383] しかしまあ現代でも低俗な[[マスメディア]]は[[安倍晋三]]や[[麻生太郎]]のような現職の[[総理大臣]]を低能だなどと人格攻撃していますから、
当時もそういうことはあったかもしれません。
;; [1276] ところが[TIME[2018年][year:2018]]の[[東京五輪]]のための[[夏時刻]]導入を巡る[[森喜朗]]と[[安倍晋三]]の動きを見ていると、
そうした気持ちもわかってきますし、
実際 [[Twitter]] などでは公然と嘲笑、というか呆れられる事態になっております。
[158]
[TIME[昭和4年7月2日][1929-07-02]]、
[[田中義一内閣]]は[[満州某重大事件]]の影響で[[内閣総辞職]]しました。
[[鳩山一郎]]も[[内閣書記官長]]を[[辞職]]し、
[[夏時刻]]実施は頓挫しました。
-*-*-
[512] [TIME[1932年5月][1932-05]]の[[学会誌]][CITE[天界]]では、
[[夏時刻]]について各界関係者が賛否両論を述べていました [SRC[>>508]]。
[82]
[TIME[1932年9月][1932-09]]の[[国際天文学連合]]第4回総会の Commission 31 (Time)
会合で、[[東京天文台]]長の[[[RUBY[早乙女清房][そうとめきよふさ]]][早乙女清房]]は、
「Immediate abolition of the Summer Time.」を提案しました。
[SRC[>>83, >>98]]
[683] [TIME[昭和25年][year:1950]]の[[国会]]で、[[東京交通労働組合]]の[[飯塚愛之助]]が15年ほど前
(つまり[TIME[昭和10年][year:1935]]頃) に[[サムマー・タイム]]を主張していた [SRC[>>682]] と証言しています。
-*-*-
[709] [TIME[昭和13年4月20日][1938-04-20]]、
[[京都帝国大学]]の[[山本一淸]]は[[内閣]]に[[通年夏時刻]]
[TZ[+10:00]] の実施を提案していました。 [SRC[>>417]]。
([TIME[1932年][year:1932]]時点では反対していた [SRC[>>508]] ようですがw、
通年なら良いということでしょうか。)
[1281]
[TIME[1938年5月][1938-05]]、
[[日本政府]]の[[大蔵次官]]の[[石渡荘太郎]]は、
[[夏時刻]]の実施を提案しました。 [SRC[>>1279]]
[247] しかし各方面からの反対で実現しませんでした [SRC[>>1279]]。
「夏の夜眠れぬ西日本方面」から反対の声が上がり、
大きな話題となりました [SRC[>>152]]。
[275]
[TIME[5月31日][1938-05-31]]、[[山本一淸]]は[[新聞]]に寄稿し、
手間がかかる季節性[[夏時刻]]よりも[[通年夏時刻]]が有効で、
[[臺灣]]や[[滿洲]]や[[支那]]に倣って[[内地]]でも実施するべきだと主張しました。
[SRC[>>152]]
[151]
[TIME[6月11日][1938-06-11]]に[[新聞]]に掲載された農民の抗議意見は、
都会の役人には[[日光節約時間]]は有効かもしれないが、
農民は[[日の出]]前から[[日の入り]]後まで働いており、
節約するべき時間などない、としていました。 [SRC[>>150]]
-*-*-
;; [1285] [[第二次世界大戦]]の[[欧州戦線]]では、
[[英仏]]両国が[[夏時刻]]期間を延長し、
敵対する[[独国]]も[[夏時刻]]を導入するなど、
戦時[[夏時刻]]体制に移行していました。
[714] [TIME[1940年][year:1940]]、資源節約のために[[夏時刻]]の導入が検討されたものの、
実施には至らなかったといわれています [SRC[>>667]]。
[1282]
[TIME[1940年2月1日][1940-02-01]]、
[[日本政府]]の[[次官会議]]は、
[TIME[5月1日][1940-05-01]]から[[夏時刻]] [TZ[+10:00]]
を実施することとし、
各省・[[法制局]]で研究することとしました。
[[節電]]目的のもので、
「今後の研究の中心」は[[鉄道]]のダイヤや[[法令]]・[[商取引]]上の取扱いであると報道されました。
[SRC[>>1279]]
[1286]
[TIME[3月][1940-03]]には議案が提出されました [SRC[>>1270]]。
[1987]
[[天文学者]]の[[平山清次]]は、
[CITE[読売新聞]]において、
以前 (>>711) から主張していた漸進的な[[夏時刻]]への切り替えを提案しました。
1日当たり1分で60日で合計1時間、あるいは90日かけて合計1時間半の時間を進めるというものでした。
欧米では鉄道の連絡が複雑で発着時刻變更が困難であるが、
本方式なら実現可能であり、日本が率先して採用するべきだと主張しました。
学術分野では[[世界時]]を使えばよいと考えていたようです。
[SRC[>>1986]]
[1989]
[TIME[1940年3月][1940-03]]、
[[京都帝国大学]]の[[天文学者]]の[[山本一淸]]は、
平山の提案手法では学者や交通・通信関係者などの混乱は避けられないとし、
「“標準時變更法”といふ新方法」すなわち[[通年夏時刻]]への見解を質しました。
[SRC[>>1986]]
[1289] [TIME[1941年5月][1941-05]]、
[[京都帝国大学]]の[[天文学者]]の[[山本一淸]]は、
日光節約のための[[標準時]]變更 ([[通年夏時刻]]) が世界の趨勢であり、
時局に鑑み早急に実施するべきと主張し、
[[日本政府]]は優柔不断だと批判しました [SRC[>>424]]。
;; 山本は[[満州国]]や[[中華民国]]も[[通年夏時刻]] [TZ[+09:00]] を導入するべきと主張していました
(そして実現しました)。[[大東亜の標準時]]を参照。
[1985]
[TIME[1942年10月1日][1942-10-01]]、
[[日本政府]]の[[鉄道省]]は、
[[24時間制]]を採用しました。
[[省鉄]]のみならず、
[[私鉄]]や[[鉄道]]以外の業界にも採用が広がっていきました。
;; [[24時間制]]参照。
[1299]
[TIME[昭和18年3月][1943-03]]の[[帝国議会]]には、
[[本初子午線]]を[[東京]]に変更するべきとの[[請願]]が提出されました。
しかし影響が大きすぎるとして採用されませんでした。
;; [[本初子午線]]参照。
[1288]
[TIME[1943年7月][1943-07]]の[CITE[読売新聞]]は、
毎年提案される[[夏時刻]]が今年は提案されないとし、
「米英流」である[[夏時刻]]は時計の針を進めて自分に嘘をつくもので、
時代遅れで空虚だと痛烈に批判しました。 [SRC[>>1287]]
-*-*-
[744] [TIME[1944年2月][1944-02]]の[[新聞]]報道によると、
[[軍需省]][[電力小委員会]]は、[[夏季時間]]制度の導入を含む提言書を提出しました
[SRC[>>745]]。
-*-*-
[419] [[台湾]]、[[満州]]、[[支那]]、[[香港]]では[[第二次世界大戦]]頃に[[中央標準時]](相当)を[[標準時]]に採用しており、
これは[[夏時刻を通年採用][通年夏時刻]]したものと捉えることもできます。
;; [[大東亜の標準時]]参照。
[302] [[第一次世界大戦]]から[[第二次世界大戦]]の間に[[欧州]]で[[夏時刻]]は普及し、
[[アジア]]でも複数の地域で採用されていました。[[中国大陸]]でも都市によっては実施されています。
[[日本]]の[[夏時刻]]は [[GHQ]] の指示によるものと言われていますが、
[[日時]]や[[度量衡]]の世界的な標準化と改良は当時の時代の流れでしたから、
[[第二次世界大戦]]が起こっていなければ[[日本]]でも国内からの提案で[[夏時刻]]制度が実施されていた可能性はあります。
[1758] その一方で、
[[国民]]にありとあらゆる犠牲を含む戦争協力を求めた[[第二次世界大戦]]中にあっても、
関係各局で度々提案された[[夏時刻]]が実施されなかった (できなかった)
ということは、
[[夏時刻]]の実施のハードルがそれだけ高かった、
あるいは十分なメリットがみられなかったとも受け取れます。
[EG[
[1759] 例えば厳しい[[灯火管制]]が敷かれた状態の方が、
[[夏時刻]]を導入するより[[照明]]のための消費電力が少なかったのかもしれません。
]EG]
[1964]
ところで、[[西部標準時]]地域や[[外地]]をどう扱おうとしていたのか、
山本の提案以外は言及していません。
自然に考えれば[[西部標準時]]地域も同様に1時間ないし2時間加えるのでしょうが、
[[西部標準時]]廃止後は[[地方時]]と2時間ないし3時間の時差が生じてしまうことになり
[WEAK[(せっかく統一したのにまた分割するということもないでしょう)]]、
大変不便になったことでしょう。
[[満州国]]も[[日本]]から強い要請があれば同調したでしょうが
[WEAK[(同調しない場合[[関東州]]は難しい判断を迫られそうです)]]、
現に[[夏時刻]]実施で諸勢力の足並みが揃わなかった[[中華民国]]は、
地理的にかなり無理のある日本夏時間に合わせるのは難しそうで、
日満支[[経済ブロック]]のせっかくの[[標準時]]統合が水の泡となってしまうところだったかもしれません。
[1965]
[[大東亜戦争]]の開戦後に至っては、
[[南洋]]各地に展開する[[日本軍]]の[[軍用時]]が[[中央標準時]]でしたし、
[[南方占領地]]が [TZ[+09:00]] を[[標準時]]として採用した地域もありました。
[[中央標準時]]はもはや事実上の[[大東亜の標準時]]となっていました。
[[内地]]の都合で[[夏時刻]]を実施したところで、
[[大東亜]]全体がそれに追随した (できた) とも思えず、
軍にも少なからず混乱がもたらされたはずです。
[REFS[
- [713] [CITE[天文月報]] ([TIME[2006-12-19 17:02:18 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1916/pdf/191607.pdf>
- [26] [CITE[天文月報]] ([TIME[2006-12-19 17:02:20 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1916/pdf/191608.pdf>
- [712] [CITE[天文月報]] ([TIME[2006-12-19 17:02:34 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1917/pdf/191801.pdf>
- [715] [CITE[天文月報]] ([TIME[2006-12-19 17:02:36 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1917/pdf/191802.pdf>
- [716] [CITE[天文月報]] ([TIME[2006-12-19 17:02:36 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1917/pdf/191803.pdf>
- [717] [CITE[null]] ([TIME[2008-01-19 18:50:17 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1918/pdf/191806.pdf>
- [1105] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 「時」展覧会記事]] ([[大阪府立岸和田中学校]]著, [TIME[大正7][year:1918]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958283/92>
- [5] [CITE[暦法及時法 - 平山清次 - Google ブックス]] ([TIME[2014-09-06 14:08:26 +09:00]] 版) <http://books.google.co.jp/books?id=88p29z44kzoC&hl=ja&pg=PP5#v=onepage&q&f=false>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[508] [CITE[夏期時制是非]], [CITE[天界]]
([TIME[1932-05-25]], [TIME[2012-11-22 18:04:50 +09:00]])
<http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/161975/1/tnk000134_223.pdf>
]FIGCAPTION]
> 文部大臣 鳩山一郎氏
> 私は田中内閣の書記官長時代に, 何かの本でサンマ・タイムのことを知り,
日本でも實施したらどうかと考へ, つぎの次官會議へ僕から提議したもので
す. すると, 皆もそれはよい事で, 一つ調べて見てはといふ事になり, まづ
鐡道方面の調査を初めようといふ段になって内閣がつぶれたゝめ自然消滅に
終つたことがありました. サンマ・タイムを實施するとして,一番簡單なの
は學校ですが, やるからには各方面とも連絡をとって行きたい.
]FIG]
- [83] [CITE[1932BuBIH...4..391. Page 399]] ([TIME[2018-12-30 10:27:44 +09:00]]) <http://adsbit.harvard.edu//full/1932BuBIH...4..391./0000427.000.html>
- [98] [CITE['''['''tz''']''' 1932 IAU Commission on Time: abolish Summer Time]] ([TIME[2018-12-30 02:30:41 +09:00]]) <https://mm.icann.org/pipermail/tz/2018-December/027328.html>
- [417] [CITE[東亞の標準時政策を論ず]]
([[山本, 一淸]]著、[TIME[1938-04-25]]、[TIME[2013-01-08 18:03:31 +09:00]] 版)
<http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/167658/1/tnk000205_213.pdf>
- [426] [CITE[我が國に日光節約法を實施せよ]] [[山本, 一淸]]著,
[TIME[1938-05-25]] ([TIME[2013-01-08 18:03:34 +09:00]] 版)
<http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/167676/1/tnk000206_233.pdf>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[152]
[CITE[[RUBY[夏期時刻][サンマー・タイム]]に優るもの]],
[[理學博士]] [[山本一淸]],
[CITE[讀賣新聞]] [TIME[昭和十三年五月三十一日][1938-05-31]] 夕刊 4ページ
]FIGCAPTION]
>
時間節約に「ストツプの赤
信號」が突如夏の夜眠れぬ西日本
方面から揚げられ、この反對論
が大部世間の話題になつてゐる
ので日光節約原則の熱心なる主
張者山本一淸博士の意見を求め
て見る…。
[164] 山本の意見概要:
- [172] 非常時だから是非日光節約法を実施するべき。
- [180] いわゆるサンマー・タイムと混同されがちだが、
山本の日光節約法は異なる。
- [212] 山本の主張は[[通年夏時刻]]。
臺灣、滿洲、北支、内蒙、メキシコ、チリ、ロシヤ、シカゴ市で実施済みの良案。
- [213] 夏季時刻法は欧米で実施していたが、
手間がかかり、国内に実施しない団体があったりして、
混乱が激しいため中止する地域も出てきた。
米国でも色々議論されている。
- [227] 高緯度で昼の長さの季節差が大きい欧州とは違い、
日本はそこまで大きくない。混乱を招くサンマー・タイムより[[通年夏時刻]]が良い。
- [228] [[内地]]は[[通年夏時刻]]を実施するべき。
臺灣、滿洲、支那は実施済みだから、[[内地]]に追随する必要はない。
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[150]
[CITE[読者眼: 農民からの抗議]],
[CITE[讀賣新聞]] [TIME[昭和十三年六月十一日][1938-06-11]] 朝刊 2ページ
]FIGCAPTION]
>
[BOX(vertical)[
[SNIP[]]
[RUBY[役][やく]]人の
[RUBY[思][おも]]ひつきから色々な[RUBY[計][けい]]畫が次か
ら次へと發[RUBY[表][〓う]]される。日光[RUBY[節約][せつやく]]、
[SNIP[]]
▽日光[RUBY[節約][せつやく]]は成る[RUBY[程][ほど]]、朝[RUBY[寢坊][ねぼう]]
な都會人には必[RUBY[要][えう]]であらう。
[RUBY[殊][こと]]に[RUBY[役][やく]]人には[RUBY[絶対][ぜつたい]]必[RUBY[要][えう]]であると
[RUBY[認][みと]]める。併しわれ〱農民は、
[RUBY[殊][こと]]に夏の農[RUBY[繁期][はんき]]においては朝太
陽の未だ出でざるに起き出で、
夜は太陽が[RUBY[沈][しづ]]んでもまだ働いて
居る。何處に[RUBY[節約][せつやく]]すべき時間が
あり得よう。
[SNIP[]] (新農生)
]BOX]
]FIG]
- [1986] [CITE[Kyoto University Research Information Repository: 日光利用法について]]
([TIME[25-Mar-1940][1940-03-25]] [TIME[2018-03-23 14:44:50 +09:00]]) <https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/167984>
- [424] [CITE[宇宙を觀る, 人生を觀る : 卷頭隨筆 : 曆時制と天文學 (時と曆の特輯)]]
[[山本, 一淸]]著、 [TIME[1941-05-01]] ([TIME[2013-01-15 18:03:09 +09:00]] 版) <http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/168207/1/tnk000240_169.pdf>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[353] [CITE[横溝正史事典]]
([TIME[2007-01-25 14:39:50 +09:00]] 版)
<http://homepage2.nifty.com/a-to/jiten.htm>
]FIGCAPTION]
> 特別夏期時間、夏季の間、1時間づつ時計を進めて、早朝の涼しい間を利用して仕事の能率を上げようとする制度。昭和3年書記官長の鳩山一郎が提言したが笑殺された。
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[706] [CITE[日本にサマータイムは必要なの? | ログ速@2ちゃんねる(net)]]
([TIME[2017-08-14 23:22:42 +09:00]])
<https://www.logsoku.com/r/2ch.net/geo/1116383587/>
]FIGCAPTION]
> 61 : 名無しさん@お腹いっぱい。'''['''''']''' 投稿日:2005/12/17(土) 13:10:07 ID:k9bD+vxA '''['''1/1回''']'''
> 1929/06/27,昭和4/06/27
> 鳩山一郎がサマータイムの7月実施を提案する。
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[667] [CITE@ja[サマータイム(サマータイム)とは - コトバンク]]
([[ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,知恵蔵,朝日新聞掲載「キーワード」,デジタル大辞泉,百科事典マイペディア,人事労務用語辞典,ワイジェイFX用語集,デジタル大辞泉プラス,大辞林 第三版,日本大百科全書(ニッポニカ),世界大百科事典内言及]]著, [TIME[2017-08-12 18:24:02 +09:00]])
<https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0-69722>
]FIGCAPTION]
> 日本は1940年(昭和15)燃料節約のうえから問題にされたことがあったが立ち消えとなった。
> 出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
]FIG]
- [745] [CITE[新聞記事文庫 : 産業経済新聞 1944.2.15]] ([TIME[2017-08-22 21:59:21 +09:00]]) <http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10028782&TYPE=HTML_FILE&TRUE_TYPE=IMAGE_FILE&POS=1>
- [682] [CITE[参議院会議録情報 第007回国会 労働委員会 第7号]] (昭和二十五年三月十七日(金曜日) [TIME[2016-02-24 01:00:02 +09:00]]) <http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/007/0808/00703170808007a.html>
- [1270] [CITE@ja[70年前の日本で実施されていた「サマータイム」が廃止された理由]] (2018/08/7 16:46 Kota Hatachi Kota Hatachi 籏智 広太 BuzzFeed News Reporter, Japan [TIME[2018-08-07 19:21:33 +09:00]]) <https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/summer-time-1948?utm_term=.ao5ZKaYgg#.gejPwmzee>
-- [1274] [CITE[朝日新聞]] [TIME[昭和4年6月28日][1929-06-28]]
-- [1279] [CITE[読売新聞]] [TIME[1940年2月2日][1940-02-02]]
-- [1287] [CITE[読売新聞]] [TIME[1943年7月][1943-07]]
]REFS]
** 昭和のサンマータイム
[317] [[日本]]の[[本土]]では、
[TIME[昭和23年][year:1948]]から[TIME[昭和26年][year:1951]]まで、
[[中央標準時]] [TZ[+09:00]] を1時間進めた[[夏時刻]] [TZ[+10:00]]
が実施されました。
[43] [[米国支配下の琉球]]では、
[TIME[1948年][year:1948]]から[TIME[1951年][year:1951]]までに[[夏時刻]]
[TZ[+10:00]] が実施されました。
[100]
しかし様々な矛盾が国民の生活に大きな負担をかけ、
日に日に反対の声が高まっていきました。
[[夏時刻]]はわずか4年で廃止されました。
[SEE[ 詳細は[[昭和のサンマータイム]] ]]
** 再導入論
[600] [[夏時刻]]が一旦廃止された後、しばらく再導入を主張する者はいなかったようです。
再び[[夏時刻]]賛成派が目立つようになったのが[[石油危機]]でした。
その後[[資源節約]]、
[[ゆとり]]、
[[地球温暖化]]防止、
[[京都議定書]]目標達成、
[[東日本大震災]]後の電力不足対策、
[[東京五輪]]、
[[働き方改革]]と[[時代]]に応じて少しずつ主張をすり替えながら、
根強く実施を狙い続けています。
[908] 何度か[[政府]]の委員会や[[国会議員]]の会合で取り上げられ、
[[法案]]提出直前までこぎつけたこともありましたが、
結局いずれも色々な理由でフェードアウトしているようです。
[796] [[21世紀]]に入ってからは、
本来の[[夏時刻]]の即時導入は難しいと判断したのか、
[[夏季営業時間]]制を[[日本版サマータイム]]などと呼称して小規模な実証実験を繰り返し、
賛成派を増やそうとしているようです。
案の定[[時差出勤]]と本来の[[夏時刻]]が混同され、
議論が混乱しているようです。
[895] [[政財界]]や[[報道]]では賛成意見ばかりが目立っていますし、
[[世論調査]]でも賛成する[[国民]]はどんどん増えていっていることになっています。
20世紀末の [[fj]] では賛否両論のように見えますが、
21世紀の[[ブログ]]や [[2ch]]、[[スラッシュドット]]、 [[Twitter]] のような
[[Web]] 上の[[国民]]の意見は、反対が上回っているように見えます。
声の大きな賛成派と国民との意見の乖離が、
順調なはずなのになぜか導入が進まない原因なのかもしれません。
[FIG[ [1101] [[平成]]の[[夏時刻]]推進運動の構図
- [TIME[1977][year:1977]]-[TIME[1980][year:1980]]:
[[石油危機]] → [[省エネ]] → [[通商産業省]]
-- ⇛ 効果薄予測と世論調査結果から断念
- [TIME[1988][year:1988]]-[TIME[1994][year:1994]]:
[[省エネ]]・[[ゆとり]] → [[社会経済生産性本部]] → [[省エネルギーセンター]] → [[資源エネルギー庁]]
-- ⇛ 他省庁の反対で頓挫
- [TIME[1995][year:1995]]:
[[省エネ]]・[[ゆとり]] → [[社会経済生産性本部]] → [[省エネルギーセンター]] → [[資源エネルギー庁]]
→ 参院議連
-- ⇛ 連立与党内の調整失敗
- [TIME[1998][year:1998]]-[TIME[1999][year:1999]]:
[[地球温暖化]]対策 → [[社会経済生産性本部]] → [[環境庁]] → 国民会議
-- ⇛ 政府内の反対で頓挫
- [TIME[2001][year:2001]]-[TIME[2003][year:2003]]:
生活改善 → [[社会経済生産性本部]]
-- 政界、経済界への根回しで体制立て直しの時期か
- [TIME[2004][year:2004]]-[TIME[2005][year:2005]]:
[[地球温暖化]]対策 → [[経団連]] → [[社会経済生産性本部]] → 推進議連
-- ⇛ [[郵政解散]]により頓挫
- [TIME[2006][year:2006]]-[TIME[2007][year:2007]]:
[[大韓民国]] → [[経団連]] → [[自民党]]
-- ⇛ 検討から先へは進まず
- [TIME[2008][year:2008]]:
[[地球温暖化]]対策 → [[経団連]] → [[自民党]] → 推進議連
-- ⇛ [[篠原孝]]の工作により頓挫
- [TIME[2009][year:2009]]:
[[大韓民国]] → [[日本政府]] ([[自民党]]政権・[[民主党]]政権)
-- ⇛ [[日本]]側[[政権交代]]の余波か検討進まず
- [TIME[2011][year:2011]]:
[[東日本大震災]] → 省電力 → [[経団連]] → [[日本政府]] ([[民主党]]政権)
-- ⇛ 立ち消え
- [TIME[2014][year:2014]]-[TIME[2016][year:2016]]:
[[東京五輪]] → 猛暑対策 → [[組織委員会]] → [[日本政府]] ([[自民党]]政権)
-- ⇛ 立ち消え
- [TIME[2018][year:2018]]:
[[東京五輪]] → 猛暑対策 → [[組織委員会]] → [[日本政府]] ([[自民党]]政権)
]FIG]
*** 1970年代 (石油危機)
[821] [[石油危機]]の折[[夏時刻]]の実施が提案されました。
;; [797] [[石油危機]]以前に[[日本]]で[[夏時刻]]の再実施を主張した者がいたのかは不明です。
しかし[[21世紀]]の[[夏時刻]]賛成派につながる流れの源泉は、
[[石油危機]]のようです。
[1076] [[第一次石油危機]]の折、[[夏時刻]]実施の「機運が生じた」
[SRC[>>1073]] といいます。
[1067] [TIME[1977年11月][1977-11]]の記事によると、
[[日本政府]]の[[通商産業大臣]]の[[諮問機関]][[産業構造審議会]]
(会長は[[経団連]]会長の[[土光敏夫]])
の総合部会 (部会長は[[東京大学]]の[[名誉教授]]の[[有沢広巳]])
は報告書[CITE[産業構造ビジョン実現のために: 持続的成長への課題と産業政策の方向]]
[SRC[>>1065]] をまとめ、
[[田中龍夫]][[通商産業大臣]]に提出しました。
本報告書では、「省エネルギ体系化の試案」の1つとして、
「[[サマータイム]]」が挙げられていました。 [SRC[>>1066]]
[866] [TIME[昭和54年][year:1979]]、
[[日本政府]]の[[省エネルギー・省資源対策推進会議]]の
[CITE[石油消費節減対策の推進について]]において、
[[夏時刻]]の実施が検討項目に挙げられました。
[864] [TIME[昭和54年5月8日][1979-05-04]]、
[[日本政府]]の[[通商産業大臣]]の[[江崎真澄]]は、[[国会]]で、
資源節約のため検討しているが効果は薄そうだとの見解を示しました [SRC[>>863]]。
[867] [TIME[昭和55年][year:1980]]、
再び[[夏時刻]]の実施が検討されました。
[2111]
[TIME[5月][1980-05]]の報道によると、
[[日本政府]]の[[内閣総理大臣]]の[[大平正芳]]は、
[TIME[翌年][year:1981]]から5月から9月末までの[[夏時刻]] [TZ[+10:00]]
を実施することを指示しました。
実施前に[[世論調査]]を行うこととしました。 [SRC[>>2112]]
[869] [TIME[1980年][year:1980]]の[[総理府]]の[[世論調査]]では、
賛成が 42.2%、反対が 35.0%、わからないが 22.9% でした [SRC[>>868, >>1073]]。
そのため[[夏時刻]]実施の機運は熟していないと判断されました [SRC[>>1073]]。
;; [865] 結局[[日本]]では実施されませんでしたが、
諸[[外国]]では[[石油危機]]対策の資源節約を理由に[[夏時刻]]を実施した例がいくつかありました。
[SEE[ [[石油危機]] ]]
;; [65] 一部[[米軍基地]]では[[夏季業務時間]]が実施されました。
[SEE[ [[南西諸島の日時]] ]]
[REFS[
- [1065] [CITE[產業構造ビジョン実現のために: 持続的成長への課題と產業政策の方向 - Google ブックス]]
([TIME[1977年][year:1977]]、
[TIME[2018-05-20 00:49:09 +09:00]]) <https://books.google.co.jp/books?id=yHaQDAEACAAJ&q=%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0>
- [1066] (1977年11月、[TIME[2018-05-20 00:50:37 +09:00]]) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspe1933/43/515/43_515_1320/_pdf#page=6>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[863] [CITE[衆議院会議録情報 第087回国会 商工委員会 第13号]] (昭和五十四年五月八日(火曜日) 午前十時三十七分開議 [TIME[2014-11-28 18:33:34 +09:00]]) <http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/087/0260/08705080260013c.html>
]FIGCAPTION]
[TALK[ 渋沢委員
[SNIP[]] サマータイムについての法制化について何か検討があるように伝えられていますけれども、具体的に何かそういう検討の用意があるのかということを含めて、最後にお尋ねいたしたい。
]TALK]
[TALK[江崎国務大臣
[SNIP[]] サマータイムにつきましては、週休二日制などと同様にいま前向きに検討しておりますが、ただ、サマータイムは、エネルギー節約という面から言うと、ムードづくりにはなるかもしらぬが、さまで大きな効果は上がらないというのが関係者の一致した見方のようであります。
]TALK]
- [2113] [CITE[三池新労]]
[TIME[昭和55年5月15日][1980-05-15]] (第762号),
[[三池炭鉱新労働組合]]
<http://hdl.handle.net/2324/409653>
-- [2112] [CITE[ミニ用語辞典]] [CSECTION[サマータイム(夏時間)]]
]FIG]
]REFS]
*** 1990年代 (ゆとり時代)
[1077] [[石油危機]]が去ったことで[[夏時刻]]の議論も一度は収まったようですが、
[[地球環境]]問題への関心の高まりから、再び省資源の手段としての[[夏時刻]]導入が謳われるようになりました。
ちょうど時を同じくして労働時間削減、[[時短]]による「[[ゆとり]]」
の享受に社会的関心が向けられていました。かつて[[夏時刻]]は労働強化を伴うとの激しい反発で廃止に至りました
([SEE[ [[昭和のサンマータイム]] ]]) が、
[[夏時刻]]推進者らは[[夏時刻]]により「ゆとり」が創出されるとの正反対の理論を構築し、
世論の支持を集めようとしたようです。
[870] [TIME[1988年][year:1988]]、
[[日本政府]]の[[経済審議会国民生活部会]]報告で[[夏時刻]]実施が提案されました
[SRC[>>868]]。
[871] [TIME[1989年][year:1989]]、
[[日本政府]]の[[省エネルギー・省エネルギー資源対策推進会議]]の
[CITE[夏期の省エネルギー対策]]で[[夏時刻]]実施が提案されました [SRC[>>868]]。
[69] [TIME[1989年][year:1989]]、
[[日本政府]]の[[内閣総理大臣]]の[[諮問機関]]の[[国民生活審議会]]は、
[[サマータイム]]導入を答申しました。 [SRC[>>1374]]
[68] この[[夏時刻]]導入の動きのきっかけの一つに[[大韓民国]]の[[夏時刻]]実施があるとの説もあります
[SRC[>>1374]]。
[1075]
[TIME[平成2年][year:1990]]、
[[財団法人省エネルギーセンター]]に[[サマータイム]]の検討委員会が設置されました。
[[中上英俊]]らが関わっていました。 [SRC[>>1073]]
;; [1086]
[[中上英俊]]は[[夏時刻]]導入派の中心人物の一人であり、
[TIME[2017年][year:2017]]に至っても未だに[[夏時刻]]導入を主張しているようです。
[SEE[ [[平成30年夏時刻事件]] ]]
[820] [TIME[1990年][year:1990]]、
[[日本政府]]の[[国民生活審議会]]総合政策部会余暇・生活文化委員会報告書、
[[総合エネルギー調査会]]総合部会中間報告、
[[総合エネルギー調査会]]省エネルギー部会中間報告で[[夏時刻]]実施が提案されました [SRC[>>868]]。
[889] [TIME[1990年][year:1990]]、
[[日本政府]]の[CITE[地球温暖化防止行動計画]]は、
「二酸化炭素排出の少ないライフスタイルの実現」のため[[夏時刻]]を検討するとしました
[SRC[>>885]]。
[890] [TIME[1990年][year:1990]]、
[[日本政府]]の[CITE[環境白書]]は、
「省エネルギーによる環境負荷軽減策の1つとして、二酸化炭素の排出量の抑制に資する社会制度導入」
を挙げ、[[夏時刻]]の検討に触れました [SRC[>>885]]。
[791] [TIME[平成2年][year:1990]]の[[世論調査]]では、
賛成とどちらかといえば賛成が 35.2%、
反対とどちらかといえば反対が 30.5%、
わからないが 34% でした [SRC[>>664, >>868]]。
[1111]
[TIME[1990年8月27日][1990-08-27]]、
[[日本政府]]の[[通商産業大臣]]の[[武藤嘉文]]は、
[[省エネ]]のため[[夏時刻]]実施が必要だと述べました [SRC[>>1112]]。
[1078] [TIME[平成3年6月][1991-06]]、
[[財団法人省エネルギーセンター]]社会制度面調査 (サマータイム) 委員会報告
[CITE[サマータイム制度に関する調査報告書]]
が提出されました。 [SRC[>>1073]]
[872] [TIME[1992年][year:1992]]、
[[日本政府]]の新経済計画「生活大国5カ年計画」は、
「省エネルギーの促進や国民の余暇活動の増進を図るため」
[[夏時刻]]を検討するとしました [SRC[>>868]]。
[873] [TIME[1992年][year:1992]]の調査では、
賛成が 43%、反対が 34%、わからないが 23% でした [SRC[>>868]]。
[70]
[[経団連]]も経済活性化につながるとして[[夏時刻]]実施に積極的な姿勢を見せました。
[[さくら総研]]はレジャーで8000億円の経済効果があると主張しました。
[SRC[>>1374]]
[874] [TIME[1993年10月][1993-10]]、
[[日本政府]]の[[通商産業省]][[資源エネルギー庁長官]]の[[私的諮問機関]][DFN[サマータイム制度懇談会]]が設置されました
[SRC[>>868, >>904]]。
[TIME[13日][1993-10-13]]に第1回会合が行われました [SRC[>>1112]]。
[1181]
[[サマータイム制度懇談会]]には
[[中上英俊]]や[[原英史]]が参加していました [SRC[>>1174]]。
[1180]
この頃 ([TIME[2011年][year:2011]]より20年ほど前) の政府の委員会では、
[[東日本]]のみ[[夏時刻]]または[[通年夏時刻]]を実施することも提案されましたが、
国内で[[時差]]が生じるのは不便であるとして支持を得られなかったようです
[SRC[>>1175, >>1174]]。
[13] [TIME[1993年][year:1993]]、
[[日本政府]]の[[総合エネルギー調査会]]基本政策小委員会中間報告で[[夏時刻]]実施が提案されました
[SRC[>>868]]。
[875] [TIME[平成6年3月][1994-03]]、
[[財団法人省エネルギーセンター]]社会制度導入に関する調査研究(サマータイム)委員会報告書
[CITE[サマータイム制度に関する調査報告書 ―― ゆとりと豊かさが実感できる環境調和型の新しいライフスタイルの実現に向けて]]が提出されました。 [SRC[>>868, >>1073]] 。
これは[[通商産業省]]、[[環境庁]]、[[経済企画庁]]の合同で再編された研究会で、
[[茅陽一]]が委員長、[[木元教子]]が副委員長、
[[中上英俊]]が取りまとめを担当したといいます [SRC[>>1174]]。
[1079]
[TIME[平成6年3月][1994-03]]に[[社団法人スポーツ産業団体連合会]]・[[株式会社余暇開発センター]]が
[CITE[日本版サマータ イムスタイルに関する調査研究]]を、
[TIME[平成6年6月][1994-06]]に[[財団法人社会経済生産性本部]]が
[CITE[日本のゆとりとサマータイムを考える ―― わが国におけるサマータイム制度の導入に関する意見調査・報告書]]を、
[TIME[平成6年6月30日][1994-06-30]]に[[日本労働組合総連合会]]が
[CITE[サマータイムに関するアンケート結果]]を提出しました
[SRC[>>1073]]。
[905]
[TIME[平成6年7月1日][1994-07-01]]、
[[通商産業省]][[資源エネルギー庁]][[サマータイム制度懇談会]]が
[CITE[サマータイム制度懇談会報告書]]を提出しました。
[SRC[>>1073, >>1112]]
[822] [TIME[1994年][1994-11]]、
[DFN[日本のゆとりとサマータイムを考える会]]が設立されました [SRC[>>904]]。
[[高原須美子]]が会長 [SRC[>>818, >>293]]、
[[深海博明]]が代表幹事 [SRC[>>293]] でした。
冊子[CITE[みんなで話してみようサマータイム制度]]を発行していました [SRC[>>904]]。
;; [854] [[高原須美子]]は[TIME[1989年][year:1989]]に[[経済企画庁長官]]を務めていました。
[[石原慎太郎]]とも親しかったといいます。
[858] [TIME[1994年9月9日][1994-09-09]]、
[[資源エネルギー庁]]は[[サマータイム制度懇談会報告書]]として
[CITE[サマータイム制度に関する提言]]を公表しました。
[886] [TIME[1994年][year:1994]]、
[[連合]] ([[日本労働組合総連合会]]) が
[CITE[サマータイムに関するアンケート]]を実施しました [SRC[>>885]]。
[1095]
[TIME[1994年][year:1994]]頃に[[警察庁]]で勤務していた[[森川浩平]]は、
[[通産省]]から夏時刻法案に関する協議があり、[[警察庁]]の担当者となりました。
夏時刻制に懐疑的だった森川は、庁内各局の業務への悪影響を説き、
[[警察庁]]を[[夏時刻]]反対にまとめました。
また、[[夏時刻]]導入により[[交通事故]]が減少するとの[[通産省]]の主張に対し、
[[通産省]]の主張するレジャー外出者の増加に伴い[[交通事故]]は遥かに増加するはずだと警察のデータを使って反論しました。
森川ら[[警察庁]]の担当者は説明に来た[[通産省]]の担当者と「取調室のような狭い会議室」
で徹底的に議論したといいます。[[交通事故]]が減少するとの主張を[[通産省]]は取り下げたようです。
[WEAK[(が数年後に推進派はこっそりまた主張に含め出しました。)]]
森川は、他の省庁でも同様の反対があっただろうと推測していました。 [SRC[>>1094]]
[1040] 1996年版の書籍によると、
[[資源エネルギー庁]]は[TIME[1995年][year:1995]]から、
5月 - 9月に[[夏時刻]]を実施することを検討していた [SRC[>>1037]] といいます。
[1080]
[TIME[平成7年4月][1995-04]]、
[[財団法人社会経済生産性本部]][[日本のゆとりとサマータイムを考える会]]は、
[CITE[太陽の恵みを生かす社会システムの提唱]]を提出しました。
[SRC[>>1073]]
[891] [TIME[平成7年][year:1995]]、
[[通常国会]]時に[[参議院法制局]]が[[夏時刻]]法案を作成しました [SRC[>>885]]。
[801] [TIME[平成7年][year:1995]]、
[[参議院サマータイム制度研究議員連盟]]が設立されました [SRC[>>868, >>885]]。
[[自民党]]の[[田沢智治]]が代表世話人を務めていました。
遅くても[TIME[1996年][year:1996]]には[[夏時刻]]を実施したいとの[[資源エネルギー庁]]の意向により法案の準備が進められ、提出された場合成立する可能性が高いとの報道もありましたが、
結局提出されませんでした。
;; [[参議院サマータイム制度研究議員連盟]]も参照。
[1182]
[[日本政府]]に[[時刻]]制度を所管する官庁が存在しないため、
[[議員立法]]で進めるべきと考えられたため議連で進めることになったといいます [SRC[>>1174]]。
[876] [TIME[1996年][year:1996]]の調査では、
賛成が 47%、反対が 30%、わからないが 23% でした [SRC[>>868]]。
[906] この時期の[[夏時刻]]導入案は、
[[通商産業省]][[資源エネルギー庁]]の[[外郭団体]]の[[省エネルギーセンター]]に設置された[DFN[サマータイムとゆとりを考える国民会議]]が主導していました
[SRC[>>904]]。
[47]
[[全国中学・高校ディベート選手権]] ([[ディベート甲子園]])
は、
中学の部で、
[TIME[1996年][year:1996]]に
「日本はサマータイム制を導入すべし。是か非か」、
[TIME[1999年][year:1999]]に
「日本はサマータイム制を導入すべきである。是か非か」
を論題として採用しました。
[SRC[>>45]]
しかしこれ以後採用されなくなりました。その理由は反対が強すぎるためとされています
[SRC[>>46]]。
-*-*-
[1149]
[[日本]]の[[テレビ局]] [[TBS]]
の[[アナウンサー]]だった
[[下村健一]]が
[TIME[4月1日][--04-01]]の朝7時直前の[[テレビ番組]]で[[夏時刻]]実施により
[TIME[7時][07:00]]が
[TIME[8時][08:00]]となるという[[エイプリールフール]]の[[冗談]]を述べたところ、
[[テレビ局]]に苦情が殺到する騒ぎとなりました [SRC[>>1150]]。
これが正確にいつの出来事なのか不明ですが、
[[Wikipedia]]
[SRC[>>1151, >>1152]]
に掲載された情報によれば、該当しそうなのは
[CITE[JNNおはようニュース&スポーツ]]
の[TIME[1988年][year:1988]]頃です。
[SEE[ 他国類似例は[[架空の日時]] ]]
[REFS[
- [1094] [CITE[サマータイム]] (2005年4月22日 [TIME[2018-06-08 00:16:03 +09:00]]) <https://web.archive.org/web/20051227064853/www.geocities.jp/celebre/e038.html>
- [1112]
[TIME[2018-06-24T11:27:56.600Z]]
<https://www.rieti.go.jp/jp/projects/hjtip/data/policy_history_chronology_90.xlsx>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1150] [CITE@ja[「神風を信じていた頃と変わっていない」下村健一氏が報道の現場で感じた恐怖 - ログミー]]
(2015年12月14日のログ [TIME[2018-07-31 23:06:58 +09:00]]) <https://logmi.jp/154159>
]FIGCAPTION]
> 「エイプリルフール事件」というんですが、ちょうどある年の4月1日に私は朝6時半から7時までのニュース番組のキャスターをやっていました。
> オープニングのフリートークのところで、4月1日だったので「さて、4月1日から日本もいよいよ夏時間になりますね。この番組が終わった7時の時報と同時に、時計の針は8時ということになります」とポロッと言った。
> その後30秒くらいスポーツキャスターが別のことを言ってからもう1回僕に戻ってきたときに、「そしてもう1つ。今日4月1日はエイプリルフールです。さっきのようなジョークにはみなさんひっかかりませんように」と言ったんですね。
> そしたら、30分の間に全国の系列局、北海道放送から琉球放送まで抗議の電話が鳴りっぱなしになってしまいました。要するに信じた人たちからの問い合わせや、「今まで何十年もJNNの報道は信じてきたけども今日から信じない」とか。
> 先輩たちが営々と築いてきた信頼を一瞬で打ち砕いてしまったんですね。サブ(副調整室)の部屋から何回も「もう1回訂正しろ」「もう1回謝れ」ってメモがきて、30分間に何回訂正したかわからないんですが。
[SNIP[]]「今から刺し違えに行くから玄関で待ってろ」なんて電話もきましたし。「俺たちは情報は鵜呑みにしてるんだ。バカにするな!」ってよくわかんない電話もありました(苦笑)。[SNIP[]] しばらく私は「ミスターサマータイム」って呼ばれてましたけどね。
]FIG]
- [1151] [CITE@ja[下村健一 - Wikipedia]] ([TIME[2018-07-28 16:26:40 +09:00]]) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80>
- [1152] [CITE@ja[JNNおはようニュース&スポーツ - Wikipedia]] ([TIME[2018-07-15 01:10:25 +09:00]]) <https://ja.wikipedia.org/wiki/JNN%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%82%88%E3%81%86%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%26%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1374] [CITE@ja[サマータイム議論の論点──70年代以降5度目の提案は実現するのか?(松谷創一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース]]
(松谷創一郎 8/10(金) 15:30 [TIME[2018-08-12 13:46:04 +09:00]])
<https://news.yahoo.co.jp/byline/soichiromatsutani/20180810-00092689/>
]FIGCAPTION]
> 89年に首相の諮問機関である国民生活審議会がサマータイムの導入を答申した。おそらく、このきっかけのひとつは88年のソウルオリンピックの際に韓国でサマータイムが導入されたことだ(ただし87~88年の2年のみ)。
[SNIP[]]
> 経済の活性化のために経団連なども積極的な姿勢を見せ、メガバンク系シンクタンクも経済効果を試算し始める(朝日新聞朝刊1992年6月28日付「サマータイム導入すればレジャー8000億円増 さくら総研が試算」)。
]FIG]
- [46] [CITE@ja[ディベート界でのサマータイムの議論]]
2018-08-10
([TIME[2019-08-24 12:14:23 +09:00]]) <https://anond.hatelabo.jp/20180810113405>
- [45] [CITE[過去の大会情報|[[ディベート甲子園]]|NADE - 全国教室ディベート連盟]] ([TIME[2019-08-24 12:14:00 +09:00]]) <http://nade.jp/koshien/history>
]REFS]
*** 20世紀末 (地球温暖化対策)
[423] これまでの[[日本政府]]の[[夏時刻]]推進は[[資源エネルギー庁]]が中心となっていました。
そもそも[[資源エネルギー庁]]は[[石油危機]]対策のため設置されましたから、
その対策の[[夏時刻]]導入は悲願だったのかもしれません。
しかし[TIME[1998年][year:1998]]になると上位組織の[[通商産業省]]や、
[[環境庁]]へと中心が変わってきたように見えます。
[878] [TIME[1998年][year:1998]]、
[[日本政府]]の[[温暖化対策関係審議会合同会議]]や[[総合エネルギー調査会需給部会中間報告]]で[[夏時刻]]が提案されました [SRC[>>868]]。
[877]
[TIME[1998年5月][1998-05]]、
[[地球温暖化対策推進本部]]幹事会は、
[[地球環境と夏時間を考える国民会議]]設置を決定しました [SRC[>>885]]。
[TIME[平成10年6月19日][1998-06-19]]、
[[日本政府]]は[CITE[地球温暖化対策推進大綱]]を決定し、
[[地球環境と夏時間を考える国民会議]]を設置して[[夏時刻]]制度を検討することが盛り込まれました。
[893] [[慶應義塾大学]]大学院[[教授]]の[[茅陽一]]を[[座長]]とし、
[[経済企画庁]]、[[環境庁]]、[[通商産業省]]を幹事とする[[地球環境と夏時間を考える国民会議]]は、
約1年かけて各界関係者からの意見を聴取し、
[TIME[平成11年5月13日][1999-05-13]]に最終報告書を提出しました。
報告書は、約2年の準備期間の後、
4月の第1日曜日から10月の最終日曜日に[[夏時刻]]を実施することが望ましいとしました
[SRC[>>415]]。
;; 詳細は[[地球環境と夏時間を考える国民会議]]を参照。
[578] この会議は[[夏時刻]]への反対意見も受け付けながらも十分な検討がなされず、
[[夏時刻]]導入ありきで議論が進められているとの批判もありました [SRC[>>550]]。
[894] [TIME[平成10年6月][1998-06]]には、[[総合エネルギー調査会需給部会]]中間取りまとめも決定されていました
[SRC[>>885]]。
[627] [TIME[平成10年11月][1998-11]]の[[総理府]]の[[世論調査]]では、
賛成が 53.9%、反対が 25.3% で初めて賛成が[[過半数]]となりました [SRC[>>664, >>415]]。
[1081]
[TIME[平成10年][year:1998]]、
[[日本のゆとりとサマータイムを考える会]]が[[監修]]し[[財団法人社会経済生産性本部]]が[[制作]]した
15分の[[動画]][CITE[おいしい夏時間]]が教育機関などに配布されたようです [SRC[>>1072, >>34]]。
[575] [TIME[1999年3月][1999-03]]には、
[TIME[4月][1999-04]]にも[[夏時刻]]法案を提出するべく準備が進められていたと[[新聞]]で報道されたようです
[SRC[>>550]]。
[410] [TIME[1999年4月16日][1999-04-16]]、
[[日本のゆとりとサマータイムを考える会]]の[[事務局]]である[[財団法人社会経済生産性本部]]
([[会長]]は[[亀井正夫]]) は、
全国の[[地方自治体]]の[[首長]]のアンケート結果を発表しました。
それによると、「9割近くが賛成」であり、うち「大いに賛成」が 23.5%、
「条件付きで賛成」が 63.7% でした。回収率は 46.0% でした。 [SRC[>>293]]
[1058] しかし[TIME[1999年5月14日][1999-05-14]]の[[新聞]]報道によると、
「政府首脳」は国民会議報告書に関して否定的な立場を表明し、
政府として2001年実施を目指しているわけではないと述べました [SRC[>>1057]]。
[TIME[この日][1999-05-14]]の[[閣僚懇談会]]では、
[[真鍋賢二]][[環境庁長官]]、
[[堺屋太一]][[経済企画庁長官]]、
[[与謝野馨]][[通商産業大臣]]が賛成意見を示したものの、
他の閣僚が慎重意見を表明しました [SRC[>>1057]]。
「政府首脳」の見解と[[閣僚懇談会]]の内容が入り混じりつつ
「政府首脳」の見解を[[見出し]]に取り上げた、
[[情報]]の整理としてはひどい記事ではありますが、
おそらく「政府首脳」は政府内で強い影響力を持つ人物で、
[[夏時刻]]実施に向かう可能性は低いと記者は判断したのでしょう。
;; [1059] なお[[川崎二郎]][[運輸大臣]]が[[国際線]]発着時間調整に2年は必要だと指摘したようです
[SRC[>>1057]]。この記事では当時の川崎の賛否は読み取れませんが、
川崎は後に[[夏時刻]]推進の中心人物となっています。
[912]
[TIME[1999年9月][1999-09]]頃、
[[夏時刻]]導入は見送りとなったようです [SRC[>>911]]。
[900]
[TIME[平成11年11月][1999-11]]の
[[環境庁]]、[[経済企画庁]]、[[通商産業省]]の
[CITE[地球環境とライフスタイルに関する世論調査]]では、
賛成が 60% (賛成 13.5%、条件が整備されれば賛成 46.2%)、
反対が 20%、
わからないが 20% でした。回収率は 67.3% でした [SRC[>>898]]。
[887] [TIME[2000年][year:2000]]、
[[財団法人余暇開発センター]]が
[CITE[新エネルギー等導入促進の基礎調査報告書~地球環境とライフスタイルに関する調査]]
で[[夏時刻]]を扱いました [SRC[>>885]]。
[910]
[[鹿児島大学]]の[[天文学者]]の[[森本雅樹]]は、
[[鹿児島]]での経験から[[経度]]差が大きな全国一律の[[夏時刻]]の実施は不適切であるとし、
反対活動を展開しました。討論会などで市民の意見を集め、
賛成派は実生活の不便を無視して強引に進めようとしていると非難しました。
[SRC[>>1034, >>904, >>909]]
[422] [[大阪市立科学館]]の [[Yoshiya WATANABE]]
は、[[祭]]などの文化への影響を懸念すると共に、
[[大阪市立科学館]]の[[星を見る会]]が夜遅い[[時刻]]となるため中止を検討していると書いていました
[SRC[>>416]]。
;; [418] [TIME[2001年][year:2001]]の年初、[[中央省庁再編]]により[[経済企画庁]]は消滅し、
[[内閣府]]に引き継がれました。[[環境庁]]は格上げされ[[環境省]]となりました。
[REFS[
- [1034] [CITE[サマータイム導入にともない西日本に起きる種々様々な弊害について]]
(1995年4月15日 鹿児島大学教養部 森本雅樹,
[TIME[2018-04-23 13:11:53 +09:00]]) <http://katsu.watanabe.name/ancientfj/article.php?mid=SNOZAWA.95Apr21180237%40helios1.helios1.sci.ibaraki.ac.jp>
- [1035] [CITE[時の記念日にサマータイムについて考えよう シンポジウムの提案]] (森本雅樹(鹿児島大学教養部)、[TIME[1995年5月][1995-05]]、[TIME[2018-04-23 13:15:37 +09:00]]) <http://katsu.watanabe.name/ancientfj/article.php?mid=INETNEWS-1-5-7.02987%40niftyserve.or.jp>
- [416] [CITE[Re: summer time]] ([TIME[11 May 1995 09:37:00 +0900][1995-05-11T09:37+09:00]],
[TIME[2018-04-24 19:33:40 +09:00]]) <http://katsu.watanabe.name/ancientfj/article.php?mid=INETNEWS-1-5-7.02911%40niftyserve.or.jp>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1037] ([TIME[2018-04-24 20:01:11 +09:00]]) <http://katsu.watanabe.name/ancientfj/article.php?mid=1996Mar18.092519.1257%40sfc.keio.ac.jp>
]FIGCAPTION]
> <サマータイム>(引用:知恵蔵1996 921p)
[SNIP[]]
資源エネルギー庁は95年から5~9月に実
施する方向で検討に入っている。
]FIG]
- [1073] [CITE@ja[サマータイムと省エネルギー]] ([[中上英俊]],
[[住環境計画研究所]]所長,
[CITE[照明学会誌]] 80 巻 (1996) 6 号 p. 420-424, [TIME[2018-06-05 15:54:43 +09:00]]) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jieij1980/80/6/80_6_420/_article/-char/ja/>
-- [1074] ([TIME[2018-06-05 15:56:28 +09:00]]) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jieij1980/80/6/80_6_420/_pdf/-char/ja>
- [904] [CITE[サマータイムを考えました]] ([CITE[天文月報]] 1996年9月 [TIME[2007-02-06 14:06:46 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1996/pdf/19960903.pdf>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1157] [CITE@ja[地球環境ワーキング・グループ報告書 平成10年4月20日 - 内閣府]] ([TIME[2017-07-12 17:24:28 +09:00]]) <http://www5.cao.go.jp/98/e/19980622e-keishinkankyou.html>
]FIGCAPTION]
> 地球環境ワーキング・グループ委員名簿
> 座長 深海 博明 慶應義塾大学経済学部教授