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[1] [DFN[永喜]]は、
[[日本の中世私年号]]の1つです。
[2]
[CITE[日本私年号の研究]]に詳しい。
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[3]
[CITE[クマのとんだ大手柄!? 壊した神社の板壁の中から470年前の餅板発見/栃木]],
[CITE[読売新聞]] [TIME[1995.06.14][1995-06-14]] 東京朝刊 2面
]FIGCAPTION]
> 栃木県粟野町にある「上永野今宮大明神」の社(やしろ)の板壁が破られ、中から約四百七十年前のものとみられる祭り用の餅板(もちいた)二枚が見つかった。壁にはクマのツメ跡が残されており、ハチの巣を探しにきたクマが板壁を壊したらしい。
[SNIP[]]
>
[SNIP[]]
餅板は二十五センチ四方のスギの木で、高さ約三センチの足が付いている。一方の板には「永野今宮大明神餅板 □□□□□□八月吉日」との朱書きの文字が読み取れた。
> 同社には、「永喜二年丁亥八月吉日」と朱書きされた餅板一枚が従来もあり、九一年五月に町文化財に指定。「永喜」は一部限られた地域でだけ使われた私年号。永喜二年は大永七年(一五二七年)にあたり、約四百七十年前のものとされる。
> 同社の社は一五〇〇年以前に建立されたと伝えられ、現場で板を確かめた町文化財審議委員の八木林治さん(73)は「同じ朱塗りで、字も同じようだ。文化財に指定されている餅板と同じ年代のものとみて間違いない」と指摘。
[SNIP[]]
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[4] [CITE@ja[栃木史学 = The Tochigi journal of Japanese history (国学院大学栃木短期大学史学会): 1988-03|書誌詳細|国立国会図書館サーチ]]
([TIME[2021-12-28 23:42:13 +09:00]])
<https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002392784-00>
]FIGCAPTION]
> 卒業論文・報告 十五・六世紀における私年号の考察--「永喜」を中心として=Graduation Theses and Reports A Study of "Shinengo" (Unofficial Name of an Era) in the 15th and the 16th Centuries / 山崎真佐恵 / p154~177 (0083.jp2)
]FIG]