-
Notifications
You must be signed in to change notification settings - Fork 4
/
981.txt
2086 lines (1622 loc) · 79.5 KB
/
981.txt
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
101
102
103
104
105
106
107
108
109
110
111
112
113
114
115
116
117
118
119
120
121
122
123
124
125
126
127
128
129
130
131
132
133
134
135
136
137
138
139
140
141
142
143
144
145
146
147
148
149
150
151
152
153
154
155
156
157
158
159
160
161
162
163
164
165
166
167
168
169
170
171
172
173
174
175
176
177
178
179
180
181
182
183
184
185
186
187
188
189
190
191
192
193
194
195
196
197
198
199
200
201
202
203
204
205
206
207
208
209
210
211
212
213
214
215
216
217
218
219
220
221
222
223
224
225
226
227
228
229
230
231
232
233
234
235
236
237
238
239
240
241
242
243
244
245
246
247
248
249
250
251
252
253
254
255
256
257
258
259
260
261
262
263
264
265
266
267
268
269
270
271
272
273
274
275
276
277
278
279
280
281
282
283
284
285
286
287
288
289
290
291
292
293
294
295
296
297
298
299
300
301
302
303
304
305
306
307
308
309
310
311
312
313
314
315
316
317
318
319
320
321
322
323
324
325
326
327
328
329
330
331
332
333
334
335
336
337
338
339
340
341
342
343
344
345
346
347
348
349
350
351
352
353
354
355
356
357
358
359
360
361
362
363
364
365
366
367
368
369
370
371
372
373
374
375
376
377
378
379
380
381
382
383
384
385
386
387
388
389
390
391
392
393
394
395
396
397
398
399
400
401
402
403
404
405
406
407
408
409
410
411
412
413
414
415
416
417
418
419
420
421
422
423
424
425
426
427
428
429
430
431
432
433
434
435
436
437
438
439
440
441
442
443
444
445
446
447
448
449
450
451
452
453
454
455
456
457
458
459
460
461
462
463
464
465
466
467
468
469
470
471
472
473
474
475
476
477
478
479
480
481
482
483
484
485
486
487
488
489
490
491
492
493
494
495
496
497
498
499
500
501
502
503
504
505
506
507
508
509
510
511
512
513
514
515
516
517
518
519
520
521
522
523
524
525
526
527
528
529
530
531
532
533
534
535
536
537
538
539
540
541
542
543
544
545
546
547
548
549
550
551
552
553
554
555
556
557
558
559
560
561
562
563
564
565
566
567
568
569
570
571
572
573
574
575
576
577
578
579
580
581
582
583
584
585
586
587
588
589
590
591
592
593
594
595
596
597
598
599
600
601
602
603
604
605
606
607
608
609
610
611
612
613
614
615
616
617
618
619
620
621
622
623
624
625
626
627
628
629
630
631
632
633
634
635
636
637
638
639
640
641
642
643
644
645
646
647
648
649
650
651
652
653
654
655
656
657
658
659
660
661
662
663
664
665
666
667
668
669
670
671
672
673
674
675
676
677
678
679
680
681
682
683
684
685
686
687
688
689
690
691
692
693
694
695
696
697
698
699
700
701
702
703
704
705
706
707
708
709
710
711
712
713
714
715
716
717
718
719
720
721
722
723
724
725
726
727
728
729
730
731
732
733
734
735
736
737
738
739
740
741
742
743
744
745
746
747
748
749
750
751
752
753
754
755
756
757
758
759
760
761
762
763
764
765
766
767
768
769
770
771
772
773
774
775
776
777
778
779
780
781
782
783
784
785
786
787
788
789
790
791
792
793
794
795
796
797
798
799
800
801
802
803
804
805
806
807
808
809
810
811
812
813
814
815
816
817
818
819
820
821
822
823
824
825
826
827
828
829
830
831
832
833
834
835
836
837
838
839
840
841
842
843
844
845
846
847
848
849
850
851
852
853
854
855
856
857
858
859
860
861
862
863
864
865
866
867
868
869
870
871
872
873
874
875
876
877
878
879
880
881
882
883
884
885
886
887
888
889
890
891
892
893
894
895
896
897
898
899
900
901
902
903
904
905
906
907
908
909
910
911
912
913
914
915
916
917
918
919
920
921
922
923
924
925
926
927
928
929
930
931
932
933
934
935
936
937
938
939
940
941
942
943
944
945
946
947
948
949
950
951
952
953
954
955
956
957
958
959
960
961
962
963
964
965
966
967
968
969
970
971
972
973
974
975
976
977
978
979
980
981
982
983
984
985
986
987
988
989
990
991
992
993
994
995
996
997
998
999
1000
[45] [DFN[[RUBY[農暦][のうれき]]]]は、[[支那]]と[[台湾]]や、
その他の地域の[[華僑]]により伝統的に使われている[[暦法]]です。
[[中国式太陰太陽暦]]の一種です。
* 名称
[49]
[[中華民国]]では[DFN[農曆]]、
[[中華人民共和国]]では[DFN[农历]]が現代の一般的な呼称と思われます。
[[中華人民共和国]]の[[国家標準]]である
[[GB/T 33661-2017]] は用語として[[农历]]を定義しています。
[[日本]]では[[農暦]]と表記されます。
[47] 伝説上の[[夏]]の[[暦]]であることから[DFN[[[夏暦]]]]ともいいます。
[[GB/T 33661-2017]] も[DFN[夏历]]とも呼ばれると言及しています。
[50] 現代[[日本]]では[[農暦]]という語は一般的ではなく、
[DFN[中国の旧暦]]などと呼ばれるようです。
[DFN[中国暦]]と呼ぶこともあります。
[175]
[[GB/T 33661-2017]] は[[农历]]に対応する[[英語]]を
[DFN[Chinese Calendar]] としています。
[185]
[[言語タグ]]の [CODE[u-ca]] では、
[DFN[[CODE[ca-chinese]]]] と表されます。
[186] [[.NET]] では [DFN[[CODE[ChineseLunisolarCalendar]]]] と呼ばれています。
[187] [[XDM]] では [DFN[[CODE[CL][農暦]]]] と表されます。
[8] [[明治時代]]の[[日本]]では[DFN[清國暦]]と呼んでいました。
[48] [[太陽暦]]への[[改暦]]前の[[清国]]時代の名称より[[時憲暦]]と呼ぶこともあります。
ただ現代の[[農暦]]の呼称としては不適切とも思われます。
[46] [[太陰太陽暦]]であることから[[太陽暦]] ([[陽暦]]) に対して[DFN[[[陰暦]]]]ともいいます。
新しい[[暦]]である[[太陽暦]]に対して[DFN[旧暦]] ([DFN[舊暦]]) ともいいます。
ただし、これらの呼称は文脈によって違う[[暦法]]を指すので要注意です。
* 暦法
[202]
[[支那]]の[[上古]]の[[暦法]]は不明ですが、
[[堯]]のとき[[季節]]の循環期を366日とし、
[[閏月]]を置いて[[暦日]]と[[季節]]を一致させたことが[[尚書堯典]]からわかります。
[SRC[>>201]]
[44]
[[夏]]は[[建寅]]、
[[殷]]は[[建丑]]、
[[周]]は[[建子]]、
[[秦]]は[[建亥]]の各[[月][月干支]]を[[歳首]]としました。
[SRC[>>201]]
[SEE[ [[三正]] ]]
[214]
[[三統暦]]の前までは[[閏年]]の最後の[[月]]を[[閏月]]とし、
後9月としていました。
[SRC[>>201]]
([[秦正]]では9月が年末でした。)
-*-*-
[212]
[DFN[三統暦]]は、
235[[太陰月]] = 19[[年]] = 1[[章]]とし ([[章法]] = [[メトン法]])、
1[[月]] = 29[FRAC[43][81]]日としました。
[SRC[>>201]]
[213] [[月]]の大小と[[閏月]]は
1539[[年]] = 1[[統]]で循環しました。
[[日干支]]は3[[統]] = 1[[元]]で循環しました。
[SRC[>>201]]
[215]
[[三統暦]]ではじめて[[中気]]のない[[月]]を[[閏月]]とする[[置閏法]]が採用されました。
[SRC[>>201]]
-*-*-
[216]
[[四分暦]]は、
基本的に[CITE[史記]]にある[[司馬僊]]らの[[太初暦]]と同じでした。
[SRC[>>201]]
[SEE[ [[太初暦]], [[四分暦]]
[208]
[[章法]]を使うのは[[三統曆]]と同じでしたが、
1[[年]] = 365[FRAC[1][4]][[日]]とし、
[[月]]の大小と[[閏月]]は
4[[章]] = 76[[年]] = 1[[蔀]]で循環しました。
[[日干支]]は80章で循環しました (1520年紀法)。
[SRC[>>201]]
-*-*-
[217]
[DFN[乾象曆]]は、
[[三統曆]]、[[四分暦]]の欠点の1年が長すぎたことを改め、
1[[年]] = 365.2462[[日]]としました。 [SRC[>>201]]
[218]
[[乾象曆]]は初めて[[月行遅疾]]も示しました。
[SRC[>>201]]
-*-*-
[223]
[DFN[景初暦]]には初めて[[日食]]の推算法がありました。
[SRC[>>201]]
-*-*-
[219]
[[何承天]] ([[元嘉暦]]の編者) は、
[[平朔]]から[[定朔]]に改めようとしましたが、
反対のため実施できませんでした。
この後も何度か提案する人がいましたが、実施できませんでした。
[SRC[>>201]]
[220] [[平朔]]は、
[[朔]]から次の[[朔]]までを一定期間とするものです。
月の大小はおおむね交互となります。
稀に大の月が連続することもありますが、
3回以上連続することはありません。
しかし[[晦日]]や[[2日]]に[[日食]]が起こる可能性がありました。
[SRC[>>201]]
[221]
[[定朔]]は、
[[朔]]間を[[太陰]]運行に基づき調整するものです。
大の月が4回連続したり、
小の月が3回連続したりすることがあります。
[SRC[>>201]]
[250]
[DFN[元嘉暦]]は[[日本]]でも使われました。
[SEE[ [[旧暦]] ]]
[259]
[[元嘉暦]]については[CITE[宋書]]巻13、暦志下に
「[[章歳]]十九、[[章月]]二百三十五、[[度法]]三百四、
周天十一萬一千三十五、」
とあります。([[度法]]とは[[日法]]と同義。)
よって
- 1[[章]] = 19[[年]] = 235[[月]]
- 1[[年]] = 365[FRAC[75][304]]日
... となります。
[SRC[>>258]]
-*-*-
[222]
[DFN[大明暦]]は、
初めて[[歳差]]を導入しました。
[SRC[>>201]]
[224]
[[歳差]]は既に[[東晋]]の[[虞喜]]が発見していました。
[SRC[>>201]]
[225]
[[大明曆]]は初めて[[破章]]しました。
1[[章]] = 391[[年]]とし、
1[[年]] = 365.2428[[日]]としました。
[SRC[>>201]]
[226]
その後[DFN[正光曆]]、
[DFN[興和曆]]、
[DFN[天保暦]]、
[DFN[天和暦]]、
[DFN[大象暦]]、
[DFN[開皇曆]]と[[改暦]]が続きましたが、
[[大明暦]]の長所を取り入れず古い[[暦法]]の定数を増減しただけで、
特記することのないものでした。
[SRC[>>201]]
-*-*-
[227]
[DFN[大業暦]]は、
[[大明曆]]をよく学んだ上で、
[[北斉]]の[[張子信]]が発見した[[日行盈縮]]を取り入れました。
[SRC[>>201]]
-*-*-
[228]
[DFN[戊寅曆]]は、
初めて[[定朔]]を採用しました。
[SRC[>>201]]
[229]
大の月が4連続となることがあり、
[[定朔]]は一時廃止されていましたが、
[DFN[麟徳暦]] ([DFN[儀鳳暦]]) 以後再導入されました。
[SRC[>>201]]
[230]
[[麟徳暦]]は[[歳差]]を取りませんでしたが、
[[章]]も全廃したところが大きな特徴です。
[SRC[>>201]]
[251] [[儀鳳暦]]は[[日本]]でも使われました。
[SEE[ [[旧暦]] ]]
[252] [DFN[大衍暦]]は[[日本]]でも使われました。
[SEE[ [[旧暦]] ]]
[255] [DFN[五紀暦]]は[[日本]]でも使われました。
[SEE[ [[旧暦]] ]]
-*-*-
[231]
[DFN[宣明暦]]は、
初めて[[日食]]推算に[[太陰視差]]を加えました。
[SRC[>>201]]
[253] [[宣明暦]]は[[日本]]でも使われました。
[SEE[ [[旧暦]] ]]
-*-*-
[232]
[[宋]]の時代には18回も[[改暦]]がありましたが、
特記するべきは[DFN[統天曆]]のみでした。
[[統天曆]]は
1[[年]] = 365.2425[[日]]とし (これは[[グレゴリオ暦]]と同じ)、
1000年に約[FRAC[1][10000]]ずつ減らすものとしました。
[SRC[>>201]]
;; [233]
[FRAC[1][10000]] は大きすぎますが、
減少することは近代の学説と一致しています。
[SRC[>>201]]
[234]
[[日本]]で[[麻田妥彰]]や[[高橋至時]]などが提案した[[歳周消長法]]の起源も[[統天暦]]でした。
[SRC[>>201]]
[235]
[DFN[授時暦]]は、
[[統天暦]]を発展させ大成したもので、
[[中国式太陰太陽暦]]で最も完備したものでした。 [SRC[>>201]]
[236] [[授時暦]]は[[統天曆]]同様[[消長法]]を用いていました。
[SRC[>>201]]
[237] [[授時暦]]は日法を廃止して万分法を用いました。
日法は主要な周期の共通の分母であり、
各周期を分数で表していました。
万分法はこれを小数に改めました。
[SRC[>>201]]
[238] [[授時暦]]は積年を廃止して各種の応数を採用しました。
積年は暦法の上元に起算した年数です。
上元とは諸周期の共通の起点です。
積年は周期の値が精密になるに従って増加し、
[[金]]の[[大明曆]]では 383768503 年にもなっていました。
応数は曆元 (多くの場合は暦法実施初年を採用。)
に対して各種の周期の起点を示すものです。
[SRC[>>201]]
[239]
[[中国式太陰太陽暦]]を知りたいのであれば、
[[授時暦]]を極めなければならないとされました。
[[日本]]では[[貞享暦]]の改暦前後に[[授時暦]]が盛んに研究されました。 [SRC[>>201]]
[240]
[DFN[大統暦]]は[[授時暦]]から消長法を省いたもので、
他は全く同一でした。 [SRC[>>201]]
[241] [[大統暦]]の[[曆書]]は[[授時暦]]の[[曆書]]で省略されていた諸表を詳細に記載していたので、
[[授時暦]]を学ぶ者には便利でした。 [SRC[>>201]]
-*-*-
[242]
[DFN[崇禎暦]]は、
[[ドイツ人]]の[RUBYB[[[湯若望]]][T. Adam Schall von Bell, S. J.]]と[[イタリア人]]の[RUBYB[[[羅雅谷]]][I. Rho, S. J.]]と[[支那人]]の[[徐光啓]]によって造られました。
[SRC[>>201]]
[243] 旧来の暦法の要素は形式的な部分に残るのみとなり、
定数や計算法は西洋式のものを採用しました。
例えば[RUBYB[第谷][Tycho Brahe]]の均輪法などが採用されました。
[SRC[>>201]]
[244]
[DFN[時憲暦]]は、
[[崇禎暦]]の小改訂版でした。 [SRC[>>201]]
[245] [[時憲暦]]は[[平気]] ([[恒気]]) を廃止し、
[[定気]] ([[実気]])
を採用しました。 [SRC[>>201]]
[246] [[平気]]は[[冬至]]を基本に[[二十四節気]]の期間を均等とするものです。
節気間の期間は常に15.218日余りです。
[SRC[>>201]]
[247] [[定気]]は[[黄道]]を15度ずつに分割し、
[[太陽]]が各[[分点]]を通る時を[[二十四節気]]とするものです。
節気間は14.72日 - 15.73日で変化します。
[SRC[>>201]]
[248] [[定気]]では[[中気]]から[[中気]]までの期間が
29.48日となるため、
1[[暦月]]に2つの[[中気]]が含まれる場合が生じます。
これに対応するため嘉慶年間に[[置閏法]]が改められました。
すなわち、
[[冬至]]は11月、
[[夏至]]は5月、
[[春分]]は2月、
[[秋分]]は8月に入ることとし、
[[閏月]]はこれらと矛盾しないように配置することとしました。
[SRC[>>201]]
[249]
後の時憲暦法は、
[RUBYB[[[噶西尼]]][Cassini]]、
[RUBYB[[[法蘭德]]][Flamsteed?]]などの天文書に拠るもので、
[RUBYB[[[刻白尓]]][Kepler]]の[[積円面積法]]を使いました。
編成は[[ドイツ人]]の[RUBYB[[[戴進賢]]][I. Kögler, S. J.]]、
[[ポルトガル人]]の[RUBYB[[[徐懋德]]][A. Pereyra, S. J.]]、
[[清]]人の[[明安図]]でした。
[SRC[>>201]]
[REFS[
- [201] [CITE[暦法及時法]] 26ページ
- [258] [CITE[暦法及時法]] 47ページ
]REFS]
* 各地域の暦
[52] 現在の[[中国]]に当たる地域にあった各[[王朝]]は、それぞれの[[暦]]を定めていました。
対立する[[王朝]]が同時に存在していた場合、[[暦]]が異なっていたこともよくありました。
[56] 計算差異により[[日]]が1,2日程度ずれるくらいの小さな違いだけでなく、
[[閏月]]の配置が違ったり、月の配置や年初の時期がそもそも異なる場合 (>>44 参照)
もあったりしていました。
;; [55] [[中央王朝]]と呼べるものを1つに定めることが難しい時代もありますから、
「過去から現在に至る単一の中国の暦」を決めるのも困難です。
[168] 周辺地域では、[[支那]]王朝の[[暦]]を使っていることもあれば、
独自の[[暦]]を使っていることもありました。
** 支那王朝
[204]
[[暦法]]が史書に残るのは[[漢]]代以後です。
次のものがありました。 [SRC[>>201]]
[FIG(table)[
:c: 時代
:n: 暦法
:p: 開発者
:y: 開発年
:d: 実施年数
:s: 史書
:yy: 太陽年 365日 +
:mm: 太陰月 29日 +
:ss: 章 (年)
:m1: 交点月 27日 +
:m2: 近点月 27日 +
:sd: 歳差 (日)
:c: [[漢]]
:n: [[三統暦]]
:p: [[鄧平]]
:y: 太初元年
:d: 188
:s: [CITE[漢書]]
:yy: .2502
:mm: .53086
:ss: 19
:m1: .2127
:m2: -
:sd: -
:c: [[漢]]
:n: [[四分暦]]
:p: [[編訴]]
:y: 元和2年
:d: 121
:s: [CITE[後漢書]]
:yy: .2500
:mm: .53085
:ss: 19
:m1: .2127
:m2: -
:sd: -
:c: [[漢]]
:n: [[乾象暦]]
:p: [[劉洪]]
:y: 建安11年
:d: 31
:s: [CITE[晋書]]
:yy: .2462
:mm: .53054
:ss: 19
:m1: .21215
:m2: .5534
:sd: -
:c: [[魏]]
:n: [[景初暦]]
([[西晋]] [[泰始暦]])
:p: [[楊偉]]
:y: 景初元年
:d: 208
:s: [CITE[晋書]]、[CITE[宋書]]
:c: [[宋]]
:n: [[元嘉暦]]
:p: [[何承天]]
:y: 元嘉20年
:d: 65
:s: [CITE[宋書]]
:yy: .2467
:mm: .53059
:ss: 19
:m1: .21219
:m2: .55452
:sd: -
:c: [[宋]]
:n: [[大明暦]]
:p: [[祖冲之]]
:y: 大明7年
:d: 80
:s: [CITE[宋書]]
:yy: .2428
:mm: .53059
:ss: 391
:m1: .21223
:m2: .55469
:sd: .0218
:c: [[魏]]
:n: [[正光暦]]
:p: [[李業興]]
:y: 正光3年
:d: 17
:s: [CITE[魏書]]
:c: [[魏]]
:n: [[興和暦]]
:p: [[李業興]]
:y: 興和2年
:d: 11
:s: [CITE[魏書]]
:c: [[斎]]
:n: [[天保暦]]
:p: [[宋景業]]
:y: 天保元年
:d: 15
:s: [CITE[隋書]]
:c: [[周]]
:n: [[天和暦]]
:p: [[甄鸞]]
:y: 天和元年
:d: 13
:s: [CITE[隋書]]
:c: [[周]]
:n: [[大象暦]]
:p: [[馮顯]]
:y: 大象元年
:d: 5
:s: [CITE[隋書]]
:c: [[隋]]
:n: [[開皇暦]]
:p: [[張賓]]
:y: 開皇4年
:d: 24
:s: [CITE[隋書]]
:yy: .2434
:mm: .53061
:ss: 429
:m1: .21222
:m2: .55441
:sd: -
:c: [[隋]]
:n: [[大業暦]]
:p: [[張冑玄]]
:y: 大業4年
:d: 11
:s: [CITE[隋書]]
:yy: .2430
:mm: .53059
:ss: 410
:m1: .21223
:m2: .55455
:sd: .0117
:c: [[唐]]
:n: [[戊寅暦]]
:p: [[伝仁均]]
:y: 武徳2年
:d: 46
:s: [CITE[旧唐書]]、[CITE[唐書]]
:yy: .2446
:mm: .53060
:ss: 676
:m1: .21224
:m2: .55454
:sd: .0180
:c: [[唐]]
:n: [[麟徳暦]]
:p: [[李淳風]]
:y: 麟徳2年
:d: 64
:s: [CITE[旧唐書]]、[CITE[唐書]]
:yy: .2448
:mm: .53060
:ss: -
:m1: .21222
:m2: .55454
:sd: -
:c: [[唐]]
:n: [[大衍暦]]
:p: [[僧一行]]
:y: 開元17年
:d: 33
:s: [CITE[旧唐書]]、[CITE[唐書]]
:yy: .2444
:mm: .53059
:ss: -
:m1: .21221
:m2: .55460
:sd: .0120
:c: [[唐]]
:n: [[五紀暦]]
:p: [[郭獻之]]
:y: 宝応元年
:d: 23
:s: [CITE[唐書]]
:yy: .2448
:mm: .53060
:ss: -
:m1: .21222
:m2: .55458
:sd: .0109
:c: [[唐]]
:n: [[貞元暦]] ([[正元暦]])
:p: [[徐承嗣]]
:y: 興元元年
:d: 37
:s: [CITE[唐書]]
:c: [[唐]]
:n: [[宣明暦]]
:p: [[徐昴]]
:y: 長慶元年
:d: 71
:s: [CITE[唐書]]
:yy: .2446
:mm: .53060
:ss: 248057
:m1: .21222
:m2: .55455
:sd: .0117
:c: [[唐]]
:n: [[崇玄暦]]
:p: [[辺岡]]
:y: 景福元年
:d: 14
:s: [CITE[唐書]]
:c: [[周]]
:n: [[欽天暦]]
:p: [[王朴]]
:y: 顯徳3年
:d: 5
:s: [CITE[旧五代史]]、[CITE[五代史]]
:c: [[宋]]
:n: [[応天暦]]
:p: [[王処訥]]
:y: 建隆3年
:d: 21
:s: [CITE[宋史]]
:yy: .2445
:mm: .53059
:ss: -
:m1: .21228
:m2: .55455
:sd: .0118
:c: [[宋]]
:n: [[乾元暦]]
:p: [[呉昭素]]
:y: 太平興国6年
:d: 20
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[儀元暦]]
:p: [[史序]]
:y: 咸平4年
:d: 22
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[祟天暦]]
:p: [[宋行古]]
:y: 天聖元年
:d: 42
:s: [CITE[宋史]]
:yy: .2446
:mm: .53059
:ss: -
:m1: .21222
:m2: .55459
:sd: .0118
:c: [[宋]]
:n: [[明天暦]]
:p: [[周琮]]
:y: 治平元年
:d: 10
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[奉元暦]]
:p: [[衛朴]]
:y: 凞寧7年
:d: 17
:c: [[宋]]
:n: [[観天暦]]
:p: [[皇居卿]]
:y: 元祐7年
:d: 11
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[占天暦]]
:p: [[姚舜輔]]
:y: 祟寧元年
:d: 3
:c: [[宋]]
:n: [[紀元暦]]
:p: [[姚舜輔]]
:y: 祟寧5年
:d: 21
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[金]]
:n: [[大明暦]]
:p: [[楊級]]
:y: 天会5年
:d: 43
:s: [CITE[金史]]
:c: [[金]]
:n: [[重修大明暦]]
:p: [[趙知微]]
:y: 大定20年
:d: 101
:s: [CITE[金史]]
:yy: .2436
:mm: .53059
:ss: -
:m1: .21223
:m2: .55461
:sd: .0132
:c: [[宋]]
:n: [[統元暦]]
:p: [[陳得一]]
:y: 紹興5年
:d: 32
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[乾道暦]]
:p: [[劉孝栄]]
:y: 乾道3年
:d: 9
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[淳煕暦]]
:p: [[劉孝栄]]
:y: 淳煕3年
:d: 15
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[会元暦]]
:p: [[劉孝栄]]
:y: 紹煕2年
:d: 8
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[宋]]
:n: [[統天暦]]
:p: [[楊忠輔]]
:y: 慶元5年
:d: 8
:s: [CITE[宋史]]
:yy: .2425 (>>210)
:mm: .53060
:ss: -
:m1: .21225
:m2: .55458
:sd: .0150
:c: [[宋]]
:n: [[開禧暦]]
:p: [[鮑澣之]]
:y: 開禧3年
:d: 45
:s: [CITE[宋史]]
:yy: .2431
:mm: .53059
:ss: -
:m1: .21222
:m2: .53459
:sd: .0148
:c: [[宋]]
:n: [[淳祐暦]]
:p: [[李徳卿]]
:y: 淳祐10年
:d: 1
:c: [[宋]]
:n: [[会天暦]]
:p: [[譚玉]]
:y: 宝祐元年
:d: 18
:c: [[宋]]
:n: [[成天暦]]
:p: [[陳鼎]]
:y: 咸淳7年
:d: 4
:s: [CITE[宋史]]
:c: [[元]]
:n: [[授時暦]]
:p: [[郭守敬]]
:y: 至元17年
:d: 87
:s: [CITE[元史]]
:yy: .2425 (>>210)
:mm: .53059
:ss: -
:m1: .21222
:m2: .55460
:sd: .0150
:c: [[明]]
:n: [[大統暦]]
:p: [[元統]]
:y: 洪武元年
:d: 262、18
:s: [CITE[明史]]
:c: [[明]]
:n: [[崇禎暦]]
:p: [[湯若望]]、[[羅雅谷]]
:y: 崇禎2年
:d: 14
:s: [CITE[崇禎暦書]] ([CITE[西洋新法暦書]])
:yy: .24219
:mm: .530592
:ss: -
:m1: .212221
:m2: .55457
:sd: .0144
:c: [[清]]
:n: (前) [[時憲暦]]
:p: [[湯若望]]、[[羅雅谷]]
:y: 順治2年
:d: 92
:s: [CITE[暦象考成]] 上、下
:c: [[清]]
:n: (後) [[時憲暦]]
:p: [[戴進賢]]、[[徐懋德]]
:y: 乾隆2年
:s: [CITE[暦象考成]] 後篇
:yy: .24233
:mm: .530591
:ss: -
:m1: .21220
:m2: .55456
:sd: -
:c: ([[西洋]])
:yy: .24220 (>>211)
:mm: .530588
:ss: -
:m1: .21222
:m2: .53460
:sd: .01416
]FIG]
;; [205]
開発年と実施年数には多少のずれがある場合もあります。
史書の欠けているものは、暦法が伝わらないものです。 [SRC[>>201]]
;; [210] 100年で0.0001日減少。 [SRC[>>201]]
;; [211] 100年で0.000006日減少。 [SRC[>>201]]
;; [203] [[太陰月]]の[[消長]]は省略。 [SRC[>>201]]
[206] この他に名前のみ伝わるもの、一部でのみ行われたもの、
まったく行われなかったもので次のようなものが知られています。
[SRC[>>201]]
- [207] 顓頊暦 南正重火正黎造
- [209] 黄初暦 魏黄初年間、韓翊造
- 三紀甲子元暦 東晋太元9年、姜岌造、[CITE[晋書]]に暦法
- 玄始暦 北凉玄始年間、趙𣤆造
- 皇極暦 瑞開皇年間、劉焯造、[CITE[隋書]]に暦法
- 光宅暦 唐武后聖暦元年瞿曇羅造、武后治世中に用いた。
- 九執暦 西域より来た。玄宗開元6年、瞿曇悉達に命じて訳した。
- 至徳暦 肅宗至徳年間、韓頴造、大衍暦を増損したもの。5年間。
- 観象暦 唐元和元年、徐昴造。16年間。
- 調元暦 五代晋天福4年、馬重績造。5年間。
- 乙未暦 金大定年間、耶律履造。
- 庚午元暦 元太祖15年耶律楚材造。西征庚午元暦と称した。
[273]
[[支那王朝]]の[[暦法]]の制定の歴史と天文学的内容についての総合的な研究として、
[[薮内清]]の
[CITE[中国の天文暦法]]
があります。
[SEE[ [[中国の天文暦法]] ]]
** 清末と中華民国
[89] [TIME[1912年][year:1912]]、
[[中華民国]]は[[太陽暦]] ([[グレゴリオ暦]]、[[民国紀元]])
を正式な[[暦]]として採用しました。
しかし従来の[[農暦]]が直ちに消えるわけもなく、
[CITE[[[中華民国暦]]]]や[[中華帝国]]の[CITE[[[洪憲元年暦書]]]]にも[[農暦]]が併記されていました
[SRC[>>101]]。
[61] [TIME[1928年][year:1929]]までは、
[[北京]]の[LON[東経116度25分][116.25E]]で計算されていました [SRC[>>32]]。
[[UTC]] との[[時差]]は [TZ[+07:45:40]] に当たります。
[129] 民国2年/1913年発行の民国3年/1914年の[[暦]]からは、[[地方視太陽時]]にかえて[[地方平均太陽時]]が採用されました
[SRC[>>127]]。
[62]
[TIME[1912年][year:1912]]から
[TIME[1924年10月][1924-10]]まで、
[[紫禁城]]内に残されていた[[清室]]では、
[[農暦]]や[[宣統]]の[[元号]]が引き続き用いられていました。
[[張勲復辟]]では、わずかな期間ながら[[暦法]]も「復辟」したことになります。
[130] [TIME[1928年][year:1929]]に[[北伐]]により[[北京政府]]が崩壊し、
[[南京国民政府]]によって編暦業務は[[南京]]の[[紫金山天文台]]に移されました。
[63] [TIME[1929年][year:1929]]より、
[[農暦]]は[[海岸時]] [TZ[+08:00]] 基準で計算されるようになりました [SRC[>>32]]。
-*-*-
[64] [TIME[1908年][year:1908]]に[[清国]]が
[TIME[2108年][year:2108]]までの[[暦]]を計算していて、
[[香港]]と[[台湾]]ではそれが参照されることが
[TIME[1978年][year:1978]]までよくありました [SRC[>>58]]。
[66] 約14分の[[時差]]のため
[TIME[1978年][year:1978]]の[[中秋]]の[TIME[日付][kyuureki:1978-08-15]]がずれることが問題となり、
以後 [TZ[+08:00]] 基準に統一されました [SRC[>>58]]。
[65] 現在[[香港]] [SRC[>>14]] や[[台湾]] [SRC[>>15]] で政府機関が公開している[[暦]]は、
[TZ[+08:00]] のもののようです。
[[香港]]のものは後に再作成されたもので当時の[[暦]]と同じかどうかは不明ですが、
[[台湾]]のものは[[紙]]を [[PDF]] 化しているので当時のものです。
[[政府]]発表の[[農暦]]と異なるものが民間で流布していたということでしょうか。
[REFS[
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[200]
[CITE[清國の陰陽曆併用]],
[CITE[讀賣新聞]] [TIME[明治丗九年十月一日][1906-10-01]] 朝刊, 二面
>
[BOX(vertical)[
[BOX(center)[
●[RUBY[清][しん]][RUBY[國][こく]]の[RUBY[陰][いん]][RUBY[陽][やう]][RUBY[曆][れき]][RUBY[併][へい]][RUBY[用][よう]]
]BOX]
[RUBY[清國][しんこく]][RUBY[議][ぎ]][RUBY[政][せい]][RUBY[大臣][だいじん]]は[RUBY[陽曆][やうれき]]を[RUBY[採用][さいよう]]して[RUBY[日][に]][RUBY[本][ほん]]の[RUBY[曆法][れきはふ]]
に[RUBY[倣][なら]]ふ[ASIS[ヿ][[[平仮名]]]]を[RUBY[提][てい]][RUBY[議][ぎ]]したるが[RUBY[俄][には]]かに[RUBY[改][あらた]]め[RUBY[難][がた]]きを
[RUBY[以][もつ]]て[RUBY[當分][たうぶん]][RUBY[舊曆][きうれき]]を[RUBY[併用][へいよう]]す[RUBY[可][べ]]しと
]BOX]
]FIG]
- [127] [CITE@zh-TW[中國時區 - 維基百科,自由的百科全書]] ([TIME[2016-02-20 01:17:32 +09:00]] 版) <https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E6%99%82%E5%8D%80>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[32] ([TIME[2010-07-18 00:06:44 +09:00]] 版)
<http://www.math.nus.edu.sg/aslaksen/calendar/cal.pdf>
]FIGCAPTION]
> Before 1929 the computations were based on the meridian in Beijing, 116°25′
East, but in 1928 China adopted a standard time zone based on 120° East, which
is close to the longitude of the republican capital Nanjing, 118°46′ East. Since
1929 the Institute of Astronomy in Nanjing, and since 1949 the Purple Mountain
Observatory (+—q)áð [+—q)á˙], Zˇıj¯ınshan Ti ¯ anwéntái) outside ¯
Nanjing has been responsible for calendrical calculations in China.
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[58] ([TIME[2010-07-18 00:06:44 +09:00]] 版)
<http://www.math.nus.edu.sg/aslaksen/calendar/cal.pdf>
]FIGCAPTION]
> Before 1978, many calendars in Hong Kong and Taiwan were still based on
the old imperial calendar from 1908, the year in which the last Q¯ıng emperor
ascended the throne. At that time the Chinese astronomers had computed the
calendar until 2108, using the Beijing meridian. These computations give times
for the new Moons or zhongqì’s that are about 14 minutes early. In particular, ¯
they computed that the new Moon that marked the start of the 8th month in 1978
would occur just before midnight at 23h 53m on September 2, 1978, making the
7th month a short month. The astronomers at the Purple Mountain Observatory in
Nanjing had computed that the new Moon would occur after midnight at 0h 07m
on September 3, 1978, making the 7th month a long month.
> The Mid-Autumn Festival is celebrated on the 15th day of the 8th month. Because
of this, the Mid-Autumn Festival was celebrated on different days, causing
a lot of confusion. After 1978, both Hong Kong and Taiwan have followed the
same calendar as China, so at least when it comes to calendars, everybody agrees
on a “one-China” policy.
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[59] [CITE[中国の人が過ごしてきた中秋節_China.org.cn]]
([TIME[2008-09-13 16:35:26 +09:00]] 版)
<http://japanese.china.org.cn/txt/2008-09/13/content_16447583_3.htm>
]FIGCAPTION]
> 1978年9月16日 福建省各地にいる台湾省籍の同胞は、福州市に集まって中秋節を祝った
]FIG]
]REFS]
** 中共暦
[87] [[中華人民共和国]]の建国後も、
[[編暦]]は[[中華人民共和国]]の機関となった[[中国科学院紫金山天文台]]で継続されました。
[[紫金山天文台]]の农历日历が[[中華人民共和国]]における[[農暦]]の根拠とされてきました。
-*-*-
[178]
[TIME[2013年][year:2013]]、
[[端午]] [SRC[>>160, >>177]]
や[[冬至]] [SRC[>>177]]
の[[日付]]の異なる[[農暦]]が出回り、問題となったようです。
[169]