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[2]
かつて[[エチオピア]]では[[JIS文字コード]]を使った[[エチオピア文字]]の[[文字コード]]が一部で使われていました。
[SRC[>>1]]
[4]
[[JISコード]]が使われたのは,
当時[[エチオピア文字]]符号化に難があったのに対し、
[[Mosaic]],
[[Netscape Navigator]]
等の[[日本語]]環境が整っていたので、
それに相乗りしようとしたものでした。
[SRC[>>1]]
[5]
[[JIS X 0208]] の91区から94区の[[空き領域]]に [[Unicode]]
[[エチオピア文字]]を割り当てていました。
[SRC[>>1]]
[8]
[[空き領域]]の私的な割当なので、 [[JIS]] が定めたものではありません。
[6]
[[HTML]] による実利用例 [SRC[>>3]] が残っています。
これは [[EUC-JP]] のように見えます。
[7]
当時一般的だった [[SERA]] からの変換で作られていたようです。
変換ソフトウェアのオプションには JIS と JUNET があり、
JIS が [[EUC-JP]] を指しているなら、 JUNET は
[[JUNETコード]] ([[ISO-2022-JP]]) でしょうか。
[9]
[[SERA]] がオリジナルデータで、
[[JISエチオピア文字]]は
[[Unicode]]
普及までの [[WWW]] 表示のためのつなぎと認識されていたようです。
[SRC[>>1]]
[10]
符号構造は [[JIS]] だけでなく[[中文]]や[[韓国語]]の[[文字コード]]でも[[エチオピア文字]]を収容できたはずですが、
[[JIS]] が選ばれたのはおそらく偶然ではありません。
当時は
[[Mosaic-L10N]]
をはじめ欧米ソフトウェアの[[地域化]]の最先端が[[日本語]]対応でした。
欧米製の各種ソフトウェアが[[日本語]]化されて実働するものが多く存在し、
その利用実績とノウハウも多数公開されていました。
また、
[[Mule]] の[[エチオピア文字]]対応などで[[日本]]の技術者と[[エチオピア]]関係者との交流があったのも一因かもしれません。
- [1]
[CITE[Fidel In JIS]], [TIME[2022-11-07T07:14:22.000Z]], [TIME[1997-07-29T06:27:19.557Z]] <https://web.archive.org/web/19970729055150/http://www.cs.indiana.edu/hyplan/dmulholl/admas/jis/>
- [3]
[CITE[A Book Shelf Of Ethiopian Text]], [TIME[2022-11-07T07:15:25.000Z]], [TIME[1997-07-29T06:26:33.139Z]] <https://web.archive.org/web/19970729055157/http://www.cs.indiana.edu/hyplan/dmulholl/fidel/let/>