思うに、線路に沿って網の目のように広がっている世界、端的に言うと線路の上の空間というものは、ある意味で異世界と言っても良いのかも知れない。鳴り続ける踏切の警報音を聞きながら、そんな事を私はふと考えるようになった。
遮断機のこちら側と向こう側。電車と言う名の鉄の壁に囲われているところ、いないところ。それは繋がっているようで、簡単に足を踏み入れる事は出来ない世界。一定の手続きを済ませた上で、初めて進入を許される世界。
昔見たアニメか何かの言葉を借りるとしたら、決して交わることのない並行世界、などと言えばいいのか。大袈裟な物言いだろうか。あながち的外れでもないと私は思う。
それが証拠に。
そのもう一つの世界にも、私が住んでいる。
最初に気が付いたのは、二ヶ月ほど前のことだ。
その日の私も、今日と同じように職場から自宅まで車を走らせていた。
活気があるとは言い難い地方都市とは言え、朝夕の通勤時間帯はそれなりに混雑する。いつもの遮断機に行く手を阻まれた私は、車の列の先頭で、赤く点滅する警報灯を見つめていた。
右方向から駆け抜けた電車。
一番前の車両、一番前の窓。
その向こうに、私は居た。
私は、私を見下ろしながら笑っていた。
私は、私を見下ろす私をただ見つめていた。
それから、私は私を何度も見ることとなる。
それは決まって、通勤の途中。
それは決まって、先頭車両の一番前。
貴方は何処へ行き、何処から帰るのか。
無様に行く手を阻まれながら、毎日何処へ向かうのか。
何の為に。
電車の中の私が問う。
昔は、明確な答えを持っていた気がする。
今は、考えるのも面倒だ。私は私から目をそらす。
私は今日も、遮断機のすぐ前で電車の通過を待つ。
鼓膜を不愉快に刺激し続ける警報音。
不安を煽るように交互に点滅する赤色の警報灯。
踏切というものは、何故ここまで精神を不安定にするように出来ているのか。
電車は右側から近づいて来ている。まだ視界には映らない。
でも、その電車に私はいる。
今日も一番前の車両、一番前の窓から私を見下ろしている。
鳴り響く警報音。
そっちの世界は、どんな世界なのだろう。
ふと、気になった。
同じだろうか。
違うのだろうか。
点滅する赤い光がフロントガラスに反射する。
交わる事は出来るだろうか。
入れ替わる事は。
触れる事は。
無理矢理にでも。
鳴り響く警報音。
点滅する警報灯。
赤い赤い光。
この世界は。
そっちの世界は。
入口は。
入る手段は。
抜け出す事は。
私はフットブレーキから右足を離す。
Get set.
警報音。
警報音。