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993
994
995
996
997
998
999
1000
[7] [DFN[[RUBY[[[元号]]][げんごう]]]]は、[[東洋]]で長く用いられている、
[[暦]]上の時期を表す名前です。
[PREAMBLE[
[8] 現在では[[日本]]で[[平成]]が用いられるのみとなっていますが、
かつては[[東アジア]]各国で用いられていました。
本項では、特に明記しない場合、唯一現在まで継続して用いられている[[日本]]の事情を表します。
]PREAMBLE]
* 呼称
[350] 「平成39年」の「平成」のような[[紀元]]を表す名称を[[元号]]といいます。
しかし文脈により「平成39年」全体を指して[[元号]]と言ったりもします。
[293] [[元号]]のことを[DFN[[[年号]]]]ともいいます。語源的・歴史的には[[年号]]の方がより意味に即した用語のようで、
[[中国語]]では現在も[[年号]]と呼ぶのが一般的です。しかし[[年号]]は、
[[元号]]以外の[[紀年法]]も含めたり、
[[元号]]によって表記された[[年]]やその他の[[紀年法]]の[[年]]のことまで含めたりすることがあり、
意味に揺れがあります。[[元号]]という語の方が意味は明確です。
[294] [[英語]]では [[era]] と呼ばれますが、[[紀年法]]や[[紀元]]の意味でも使われるので曖昧です。
[DFN[[[regnal year]]]] や [DFN[finite era (name)]] と呼ぶとそのような曖昧性は排除できます [SRC[>>9]]
が、[[元号]]でない[[在位紀年]]も含まれることがあるようです。
[295] [[日時パターン]]の表記などでは、[[ローマ字表記]]の[[頭文字]]である
「g」や「G」で表現されることがよくあります。
* 意味
[255] [[元号]]は、1つ[[以上]]の (原則として連続した) [[年]]に対して与えた名称です。
その[[改元日]]から始まり、次の[[改元日]]までの期間を表します。
([[改元日]]を含む[[年]]は、途中からまたは途中までしか含まれないこととなります。)
[380] [[元号]]は、前の[[元号]]からの[[改元]]という形でその時期が定義されています。
直接的な定義には含まれませんが、[[暦]]への記載や現実の運用などから、
[[西暦]]や[[皇紀]]のような他の[[紀年法]]との対応関係も定まります。
[381] ただし、[[私年号]]や滅亡した勢力の[[元号]]の中には、
正確な時期が伝わっていないものもあります。特に私年号は、
[[改元]]の手続きが行わず自然発生的に使われ出し、
いつの間にか消滅しているようなものなので、
終了の時期もはっきりしないことが多いようです。
-*-*-
[254] [[元号]]が何かについて、[[元号法]] [SRC[>>54]] は定義していません。
[[法令]]上は自明のもの、あるいは[[慣習]]的なものとして扱われているのでしょうか。
[613] [[JIS]] は次のように定義しています。
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[16] [[JIS X 0301]]:2002 3.34
]FIGCAPTION]
> [[日本]]で用いる[[暦年]]の上位呼称
]FIG]
[614] しかし「[[暦年]]の上位」といわれても何となくの雰囲気はわかりますが、
それ以上の情報は得られません。[[暦年]]は約365日を表す用語のようですが、
[[元号]]の期間は [[JIS]] 上も約365日の整数倍となるとは限りません。
「上位」の意味が定義されていないので、この定義と実際の[[元号]]が合致しているかどうかもよくわかりません。
* 法令
[253] 現在の[[日本の元号]]制度は、[DFN[元号法]]で定められています。
[[元号]]制度の元で用いられる実際の[[元号]]は、[[改元]]の[[政令]]により定められています。
[REFS[
- [54] 元号法 (昭和54年6月12日法律第43号)
-- <http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S54/S54HO043.html>
]REFS]
[615] 他の[[国]]には[[元号]]制度は無いようです。
* 文脈
[262] [[元号]]は、[[日本]]で公私問わず広く用いられています。
[263] ただし[[日本]]でも[[元号]]表記よりも[[西暦]]表記が多くなってきています。
詳しくは[[日本の暦]]を参照。
* 元号を用いた日付表記
[287] [[日本]]の[[元号]]を使った[[日付]]の表記を、[[和暦]]や[[邦暦]]と呼ぶ
[SRC[>>285]] ことがあります。
;; これらの語義については、[[和暦]]も参照。
[REFS[
- [285] [CITE@ja[和暦 - Wikipedia]] ([TIME[2016-01-08 14:31:49 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%9A%A6>
- [286] [CITE[iPhoneのカレンダー設定を和暦にしていると、日付と曜日がずれる問題が起こる - odawaraの「はてな de メモ」]]
( ([TIME[2012-12-17 05:23:10 +09:00]] 版))
<https://d.hatena.ne.jp/odawara/20110613/1307946819>
]REFS]
** 元号による年の表記
[257] その[[元号]]への[[改元日]]が含まれる[[年]]を、
[DFN[[RUBY[元年][がんねん]]]]と呼びます。
次の[[年]]を2年、その次の[[年]]を3年と順に数えていきます。
[[元年]]は、1年と表記されることもあります。
;; [535] 歴史的に「元年」が正式な表記で「1年」が代替的な表記と考えられているようですが、
明確な定めがあるわけではなく、公的な書類でも「1年」と表記する例もある [SRC[>>533]]
ようです。
[258] 現在では、「平成28年」のように、[[元号]]と[[年]]の数を並べて表記するのが一般的です。
年数は、[[横書き]]では[[アラビア数字]]、[[縦書き]]では[[漢数字]]とするのが普通です。
[478] 文脈上明確な時には、[[元号]]名を省略して[[元号]]内の[[年]]番号だけで[[年]]を表記することもあります。
[288] 年数は[[正整数]]で2桁[[以下]]となるのが普通ですが、将来の日付の表現 (>>242)
などで3桁以上となる場合もあります。
[[暦]]の換算の関係で0年を設けることもあります (>>178)。
;; [289] [[改元]]前を負数や[[紀元前]]のような形で表すことはなさそうです。
[261] 近年では[[西暦]]と併記することも多いです ([[暦]]について >>174 も参照)。
[259] かつては、更に連ねて[[干支]]を併記するのがより正式な表記と考えられていたようです。
[[改元]]が頻繁で[[西暦]]が一般的でなかった時代、[[干支]]が併記されていると年同士の関係を比較しやすく便利だったようです。
[609] あまり正式ではない場面 (民間など) では、[[十干十二支]]ではなく[[十二支]]だけを[[元号]]と[[年]]数に添えることもあったようです。
;; [55] [[日本の暦]]の[[紀年法]]の項も参照。
** 元号利用時期の表記
[610] [[元号名]]に「年間」、「時代」、「期」のような[[接尾辞]]をつけて、
あるいは[[元号]]そのものにより、その[[元号]]が用いられていた[[時期]]を表すことがよくあります。
[EG[
[611] [[昭和時代]]は、[[昭和]]が用いられた時期を指します。
]EG]
[EG[
[612] [[寛永年間]]は、[[寛永]]が用いられた時期を指します。
]EG]
[EG[
[642] [[享保の改革]]は、[[享保]]が用いられた頃の[[政治改革]]を指します。
]EG]
* 元号の名前
** 元号名の表記
[296] [[元号]]名のほとんどは[[漢字]]2文字です。[[日本]]の古い[[元号]]や[[私年号]]には、
4文字のものもありました。他の[[国]]には3文字や6文字の例もあります [SRC[>>9]]。
5文字や7文字や8文字のものが挙げられることもあります。日本の[[私年号]]にも3文字のものがあります。
[272] [[元号]]の中には、[[旧字体]]と[[新字体]] ([[当用漢字字体表]]や[[常用漢字表]])
で[[字体]]の異なるものもあります。現在は[[新字体]]を使って表記するのが普通です。
[344] [[斉衡]]は、[[斎衡]]とも表記されます。 (更にそれぞれの[[旧字体]]の[[齊衡]]や[[齋衡]]もあります。)
[376] 意図的なのか誤記なのか、あるいは同音の[[漢字]]の選択が緩い時代なのか、
[[異体字]]以外でも異なる[[漢字]]を使うものがあります。
古いものは[[異年号]]や[[私年号]]と呼ばれています。近年のものは誤記 (漢字の変換ミスなど)
でしょう。
[230] 『旧唐書』倭国日本国伝に現れる[[白亀]]は、
[[神亀]]の誤記と考えられています [SRC[>>225]]。
つまり表記のバリエーションに過ぎないのですが、
よく[[私年号]]に分類されています。
;; [417] 他の[[元号]]にも表記のバリエーションがみられることがありますが、
なぜかあまり[[私年号]]として挙げられることはないようです。
[275] 「正」と「承」など似た音でよく使われる文字がいくつもあるため、
誤って表記されることもあります。元号一覧・西暦対照表のようなものでもよく見ると間違っていることがあるので、
注意が必要です。
[273] [[明治]]、[[大正]]、[[昭和]]、[[平成]]をそれぞれ頭文字で
「明」、「大」、「昭」、「平」や「M」、「T」、「S」、「H」
と省略することがあります。[[手書き]]や、申請書等の選択肢で列挙する場合などに特によく見かけます。
;; [274] それ以前の[[元号]]は、必要となる場面があまりないので見かけません。
同じ文字で衝突することが多いので、あまり古くまで拡張することはできません。
「慶」(慶応) など[[江戸時代]]末期の[[元号]]の省略形は稀に見かけます。
;; [643] [[元号コード]]も参照。
[297] [[漢字]]以外を用いた[[国]]では、その[[言語]]の[[文字]]で[[元号]]が表記されることがありました。
現在でも[[日本]]や[[東洋史]]に関する他の[[言語]]の記事等では、
その[[文字]]に[[転写]]して記載されることがあります。
[EG[
[644] [[清]]の[[元号]]は、[[満州文字]]でも表記されました。
]EG]
** 元号名と漢数字
[418] [[元号]]名に[[漢数字]]が含まれると、[[年]]数を[[漢数字]]で表記した時に区切り位置が不明瞭になるおそれがあります。
特に[[元号]]名の末尾が[[漢数字]]の場合は深刻です。
[419] 歴史的に各国で使われた[[元号]]の中には、[[万]]や[[萬]]が含まれるものもいくつかあります。
[[年]]が万単位になることは基本的にありませんし (将来の年を表す時に理論上はあり得ますが)、
「一万」のように「万」より前に数字が来るのが普通ですから、
これは問題にはならなそうです。
同様に[[私年号]]で[[京]]が含まれるものがいくつかありますが、
これも問題にはならなそうです。
[420] その他に、次の[[元号名]]が[[漢数字]]を含んでいます。
[FIG(list short)[
- [[天''一''国]]
- [[''五''鳳]]
- [[張''六'']]
- [[''六''璽]]
]FIG]
[471] 次の[[元号]]は、[[中国]]の (全土統一できなかった勢力の) [[元号]]ですが、
[[干支]]と衝突しています。
[FIG(list short)[
- [[丁丑]]
- [[庚寅]]
- [[庚子]]
- [[庚戌]]
]FIG]
[472] 他に[[十干十二支]]に使われる[[文字]]が含まれる[[元号]]として、
次のものがあります。
[FIG(list short)[
- [[''子''平]]
- [[常''己'']]
- [[''丑''平]]
- [[始建国地皇上''戊'']]
- [[始建国天鳳上''戊'']]
]FIG]
[473] 1年を表す「元年」の「元」、
1月を表す「正月」の「正」、
2日-9日の表記「初二日」等の「初」が含まれる[[元号]]は、
数多く存在します。[[保元]]のように最後の文字がそうであるものも沢山あります。
[474] 「明治初年」や「大正末年」、「昭和末期」、「平成前期」のように[[元号]]に続けて使われる語の最初の文字や、
「年」、「月」などの[[日時]]表記の区切り文字、
その他関連文字も、次のようなものが[[元号]]に含まれることがあります。
[FIG(short list)[
- [[世]]
- [[中]]
- [[初]]
- [[年]]
- [[歳]]
- [[載]]
- [[後]]
- [[日]]
- [[星]]
- [[時]]
- [[紀]]
- [[端]]
- [[建]]
- [[閏]]
- [[金]]
]FIG]
;; [431] >>428 に[[漢数字]]等を含む[[元号]]名の一覧データファイルがあります。
** 読み
[363] [[元号]]は[[漢字]]で定義されます。[[日本]]の[[元号]]の読みは、
[[改元]]の[[詔書]]や[[政令]]では定義されていません。
[364] [[大正]]以降は、[[改元]]直後の[[内閣告示]]により、
読み ([[仮名]]表記) が明示されています。
;; [[大正]]、[[昭和]]、[[平成]]を参照。
[365] [[明治]]以前の[[元号]]の読みに法的根拠は無さそうです。
[[漢字]]の読み方の多様性や歴史的な[[発音]]の変化により、
複数の読み方が存在する[[元号]]も少なくありません。
(そうした読み方の違いが現役当時から存在したのか、
使われなくなって忘れ去られたり、その後の言語の変化により多様化したのかは不明瞭です。)
[366] 現在ではほとんどの場合[[現代仮名遣い]]により表記しますが、
歴史的には当然その当時の仮名遣いによりました。
従って[[濁音]]や[[半濁音]]であっても、[[濁点]]や[[半濁点]]を使っていないこともあります。
[367] 主要な[[元号]]は現代の発音が定まっているようですが
(歴史上主要な出来事に関して[[元号]]を使う歴史教科書などで[[読み仮名]]が明記されています)、
あまり使われないものは読みが揺れています。辞書類でも、
どの読みを[[見出し語]]とするのか、異なる読みとして何を挙げるのかにかなり差があります
[SRC[>>345]]。
[REFS[
- [345] [CITE[年号(元号)の読み方・西暦対照表(音訳の部屋)]]
([TIME[2015-11-29 17:43:26 +09:00]] 版)
<http://hiramatu-hifuka.com/onyak/rekisi/nenngo.html>
]REFS]
** 元号名の衝突
[276] [[日本]]の政府が定めた[[元号]]は、いずれも固有の名称を持ち、衝突しません。
[277] [[私年号]]の中には、正式な[[元号]]と同名のものもあります。
[[日本]]の[[元号]]と[[日本]]以外の[[元号]]が衝突しているケースもいくつかあります。
[377] 次のものは、[[日本]]の[[元号]]と[[私年号]]で衝突しています。
多くは、古い時代の正式な[[元号]]と同名の[[私年号]]を気付かず使ってしまったように見えます。
[FIG(list short)[
- [[大同]]
- [[延徳]]
- [[宝徳]]
- [[明応]]
- [[正中]]
- [[正和]]
- [[正治]]
- [[永長]]
- [[長徳]]
]FIG]
[378] [[天政]]は、異なる時期の[[私年号]]・[[異年号]]として使われていたようです。
[379] 古代の年号に関する一部の文献や[[九州王朝]]説の支持者は、
[[白雉]]、[[朱鳥]]、[[大化]]を[[九州年号]]などとしています。
そのためこれらが[[私年号]]として挙げられることがあります。
正史上の[[元号]]と同名ですが、異なる[[年]]を意味すると主張されています。
更に、[[継体]]も[[九州年号]]・[[私年号]]とされますが、これは[[継体天皇]]擬似[[元号]]
(の「天皇」を省略した形) と衝突します。
[405] 次の[[元号]]は、[[日本]]と他国とで衝突しています。
[FIG(short list)[
- [[元和]]
- [[天平]]
- [[建徳]]
- [[正暦]]
- [[建武]]
- [[大宝]]
- [[明治]]
- [[正安]]
- [[仁平]]
- [[天暦]]
- [[正平]]
- [[文明]]
- [[天徳]]
- [[天授]]
- [[宝暦]]
- [[大正]]
- [[大同]]
- [[貞元]]
- [[安和]]
- [[天正]]
- [[承和]]
- [[昌泰]]
- [[仁寿]]
- [[保安]]
- [[延慶]]
- [[文治]]
- [[弘治]]
- [[貞観]]
- [[大治]]
- [[永治]]
- [[元亨]]
- [[天安]]
- [[天保]]
- [[承平]]
- [[嘉慶]]
- [[永徳]]
- [[天明]]
- [[明応]]
- [[永祚]]
- [[天和]]
- [[永暦]]
- [[正元]]
- [[永和]]
- [[乾元]]
- [[元徳]]
- [[天福]]
- [[正徳]]
- [[仁安]]
- [[永享]]
- [[天禄]]
- [[至徳]]
- [[天応]]
- [[明徳]]
- [[慶雲]]
- [[天元]]
- [[承安]]
- [[天慶]]
- [[神亀]]
- [[正治]]
- [[文安]]
- [[正和]]
]FIG]
[406] 次の他国の[[元号]]は、[[日本]]の[[天皇]]名の擬似[[元号]]と衝突しています。
[FIG(short list)[
- [[清寧]]
- [[神武]]
- [[武烈]]
- [[神功]]
]FIG]
[407] 次の[[元号]]は、[[日本]]の[[私年号]]と他国とで衝突しています。
[FIG(short list)[
- [[至大]]
- [[大同]]
- [[天晴]]
- [[大和]]
- [[文徳]]
- [[朱雀]]
- [[正法]]
- [[明応]]
- [[延寿]]
- [[正治]]
- [[徳昌]]
- [[永楽]]
- [[正和]]
- [[福徳]]
]FIG]
[408] 他に、かなり多数の[[元号]]が[[日本]]以外同士で衝突しています。
[456] 以上の[[中国]]の[[元号]]の衝突のうち、
([[元]]の[[大德]]、[[天曆]]、) [[明]]の[[弘治]]、[[正德]]、[[清]]の[[嘉慶]]は[[琉球]]で使われ、
[[日本]]の[[元号]]と衝突しています。[[明]]の[[永樂]]も[[日本]]の[[私年号]]と衝突しています。
[409] 同じ[[元号]]が3つ以上の意味で衝突していることも少なくありません。
最もよく使われているのは[[太平]]で、少なくても11種類あります。
次が[[建平]]で、少なくても9種類あります。
少なくても8種類あるのが[[建武]]などいくつかあります。
[410] [[元号]]と年数と[[干支]]の組み合わせでも衝突しているものがいくつかあります。
;; [421] [[日本]]とは違って[[中国]]等は新しい[[王朝]]が前の[[王朝]]を滅ぼし入れ替わっているので、
過去の[[元号]]との衝突を避ける意志は働かなかったのでしょう。
むしろ[[建武]]のように同じ建国を表す意味の[[元号]]が盛んに採用されています。
[[日本]]政府も[[中国]]との衝突を避ける意志が無かったと見受けられます
(中国の統一王朝の[[元号]]が後に[[日本]]で使われた例もあります)。
;; [475] こうした情報は、 >>315 のデータファイルに含まれています。
* 元号境界と年境界
[256] [[元号]]を改めることを[DFN[[RUBY[[[改元]]][かいげん]]]]といい、[[改元]]の[[日]]を[DFN[[[改元日]]]]といいます。
[[元号]]や[[改元日]]は、原則として当地の[[政府]]が決定します。
[[改元]]の理由は色々あります (>>599)。
** 境界の扱い
[358] [[改元]]がいつ行われる (と解釈する) かの処理は、かなり複雑で込み入った問題のようです。
-*-*-
[97] [[日本]]の政府による[[元号]]のうち、唯一[[文中]]への[[改元]]だけ、
[[改元日]]が明らかではありません (>>96)。他は、 (異説があったとしても)
一応の定説があります。
[265] [[白雉]] (>>316)、 [[朱鳥]] (>>93) は[[改元]]されず、
[[元号]]自体が使われなくなりましたが、
いつまでがこれらの[[元号]]の期間だったと扱うかには、揺れがあります。
-*-*-
[159] [[明治]]への[[改元]]までは、同年の1月1日に遡って新[[元号]]を適用する
([DFN[[[立年改元]]]] [SRC[>>298]]) と考えられていたとしばしば言われます。
しかしそれが適切な解釈なのかどうか、いつをもって[[改元]]と考えるべきかは、
[[平安時代]]から既に議論があったといいます [SRC[>>356]]。
年初に遡った切り替え方も、[[改元日]]当日の切り替えも、
どちらの方法も採られてきました。少なくても、
どちらが歴史的に正しいと言えるものでは無さそうです。
[359] 現実問題として、[[改元日]]の前に旧[[元号]]を使ったものは
(すべて修正して回るわけにもいかないので) 残りますし、
後から新[[元号]]で言及したものもあり、混在することとなります。
[[改元日]]の後の[[日付]]についても、
[[改元]]の事実の伝達の時差や、政治的な理由による[[改元]]の拒否などで、
旧[[元号]]がしばらく (時には何年も) 使われ続けることがあります。従って、
[[元号]]表記の[[日付]]の解釈では、
境界を厳密に定めて、そこから外れたものを[[誤り]]とするのは適切ではありません。
[[改元]]から十分な時間が過ぎたものは[[誤り]]とする検査は可能かもしれませんが、
その「十分」の長さを確定するのが難しいでそう。
[161] [[Wikipedia]] の一覧表は、[[明治]]への[[改元]]までは、
旧[[元号]]の最終日も新[[元号]]の開始日も、どちらも[[改元]]のあった当日としています。
[625] 一般に[[西暦]]から[[元号]]への変換ソフトウェアでは、
[[改元]]日とそれ以後を新[[元号]]とするものが多いと思われます。
[271] [[歴史]]の[[教科書]]などで過去の出来事に言及する場合、
[[改元]]以前の出来事は[[改元]]前の当時の[[元号]]を使うのが普通だと思われます。
[264] [[明治]]への[[改元]]は、[[明治の改暦]]の前に行われたこと、
[[立年改元]]と扱うか否かの問題、
多くの場合[[明治時代]]まで取り扱えれば十分でその前の[[改元]]を無視したいことがある、
といったような事情の組み合わせで、後述の通り4種類[[以上]]の「[[改元]]日」
が存在してしまっています。
-*-*-
[162] [[大正]]への[[改元]]と[[昭和]]への[[改元]]は、
[[改元日]]から新[[元号]]であるとされています。
しかし[[改元]]の[[詔書]]は旧[[元号]]で[[改元日]]を表記しています。
つまり、[[改元日]]当日は旧[[元号]]でもあり、新[[元号]]でもある[[日]]ということになります。
[628] [[詔書]]が旧[[元号]]で書かれているのは、[[詔書]]を書いた時点ではまだ旧[[元号]]で、
これが[[公布]]され[[発効]]することで改まる、ということなのでしょう。
であるならば、少なくてもリアルタイムでは、[[発効]]の瞬間までは旧[[元号]]、
それ以後は新[[元号]]と処理するのが最も適切ということになります。
ただし、[[詔書]]に[[公布]]・[[発効]]の[[時刻]]が記載されているわけではありませんから、
これを厳密な境界として扱うのは困難です。
[627] 実際には、[[詔書]]により[[日]]の始まりに遡って[[改元]]されたと解釈する説と、
[[一世一元の制]]を根拠に新[[天皇]]の[[即位]]をもって[[改元]]されたとする説があるようです。
[SRC[>>298]]
[629] 実務上、時刻精度で区別するのは扱いが複雑過ぎるので、
[[日]]の始まりに遡って新[[元号]]とするのが良いのでしょう。
一方で、旧[[天皇]]の[[崩御]]の[[時刻]]の表記で新[[元号]]が使われるのも不自然に見えます。
しかし少なくても、[[改元]]がその日にあった以上、当日の一部は新[[元号]]とするべきで、
翌日から新[[元号]]として扱うのは不適切そうです。
[626] 対応表や変換ソフトウェアの類では、
[[改元日]]を新[[元号]]開始日とするものと翌日を新[[元号]]開始日とするものでやや揺れていますが、
当日から新[[元号]]を採用するのが優勢のようです (>>45)。
[163] [[Wikipedia]] は[[改元日]]を旧[[元号]]の最終日かつ新[[元号]]の開始日とするのを「当時」、
[[改元日]]前日を旧元号の最終日とするのを「公的」として併記しており、
「当時」の出典を[[改元]]の詔書、「公的」の出典を [[JIS X 0301]]
としていますが、この区別に意味があるのかは謎です。
少なくても、[[詔書]]の記述よりも [[JIS]] が「公的」であるとするのは違和感があります。
[WEAK[(どちらも公的なものとはいえ、[[詔書]]は[[法令]]ですが、 [[JIS]] はただの[[工業標準]]です。)]]
実際には政府機関の解釈や取り扱いにも揺れがあり [SRC[>>356]]、
そうした明確な境界を定めることはできないように思われます。
-*-*-
[176] [[平成]]への[[改元]]は[[日]]の境界で行われており、
どの[[日]]がどちらの[[元号]]に属するかは明確となっています。
ただし、[[時差]]の取扱いの問題は残っています (>>195)。
-*-*-
[90] 年単位の対応表や変換ソフトウェアでは、境界の[[年]]について、
新旧両方の[[元号]]を示すものが多いですが、新しい[[元号]]のみ、
または古い[[元号]]のみ示していることもあります。
[94] [[天平感宝]]は[[改元]]から1年を待たずに[[改元]]されています。
[[元号]]と[[西暦]]の対応表の中には[[天平感宝]]が欠落しているものもあります。
[331] [[宝亀]]12年1月1日の[[天応]]への[[改元]]は、唯一[[旧暦]]1月1日に行われました
[SRC[>>206]]。 [[Wikipedia]] は (他の[[改元]]同様に)
[[宝亀]]12年1月1日かつ[[天応]]1月1日である[[日]]としています。
年単位の対応表は、[[宝亀]]12年を含めているものも、
省いているものもあるようです。
[45] 各種の文献や[[ソフトウェア]]は、[[明治]]以後の[[日本の元号]]の境界を次のように扱っています。
[FIG(table)[
:name: 名称
:明治: 明治初日
:大正: 大正初日
:昭和: 昭和初日
:平成: 平成初日
:終末: 対応最終日
:name: [[JIS X 0301]]:1992 附属書2 (参考)
:明治: 1868-10-23 ([[旧暦]]9月8日)
:大正: 1912-07-31
:昭和: 1926-12-26
:平成: 1989-01-08
:name: [[JIS X 0301]]:2002 附属書1 (参考)
:明治: 1868-01-25 ([[旧暦]]1月1日)
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: [[Wikipedia]] [SRC[>>20]]
:明治: 1868-01-25 ([[旧暦]]1月1日)
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: [[Windows]] [SRC[>>15]]
:明治: 1868-01-01
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: [[.NET]] [SRC[>>44]]
:明治: 1868-09-08
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: [[Ruby]] [CODE[[[Date]]]]
:明治: 1873年/明治6年以後対応
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: EraJa [SRC[>>26]]
:明治: 1868-09-08
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: erajp [SRC[>>38]]
:明治: 1868-09-08
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: [CODE(perl)[Date::Japanese::Era::Table]] [SRC[>>40]]
:明治: 1868-09-08
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:終末: 2999-12-31
:name: [CODE(perl)[Date::Japanese::Era::Table::JIS_X0301]] [SRC[>>40]]
:明治: 1868-09-08
:大正: 1912-07-31
:昭和: 1926-12-26
:平成: 1989-01-08
:終末: 2999-12-31
:name: [CODE(perl)[Lingua::JA::FindDates]] [SRC[>>41]]
:明治: 1868-01-25
:大正: 1912-07-30
:昭和: 1926-12-25
:平成: 1989-01-08
:name: [[Unicode Standard]] [SRC[>>100]]
:明治: 1867
:大正: 1912-07-29
:昭和: 1926-12-24
:平成: 1989-01-07
]FIG]
[REFS[
- [298] [CITE@ja[改元 - Wikipedia]] ([TIME[2015-12-14 01:00:03 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E5%85%83>
- [166] [CITE[1912年7月30日は、明治か大正か?]]
([[M.Suzuki]] 著, [TIME[2012-08-04 07:23:27 +09:00]] 版)
<http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlwa/200708020.htm>
- [206] [CITE@ja[天応 (日本) - Wikipedia]] ([TIME[2015-12-19 17:25:26 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%BF%9C_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)>
- [356] [CITE[元号の変わり目・改訂版]]
([TIME[2015-11-21 20:40:55 +09:00]] 版)
<http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20070716>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[165] [CITE@ja[Perl - 西暦から元号のついた和暦に変換する]]
([TIME[2016-01-09 22:58:52 +09:00]] 版)
<http://atamoco.boy.jp/perl/datetime/seireki-wareki.php>
]FIGCAPTION]
> 1926年12月25日は大正15年であり、昭和元年でもある。 どちらを優先させるかは、システムごとに決定すればよいだろう。上記では新しい時代(昭和)を優先している。
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[352] [CITE[元号の変わり目・改訂版(1) - 2007-07-16 - 雑記]]
([TIME[2015-11-21 20:40:55 +09:00]] 版)
<http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20070716#GengoEd2_1>
]FIGCAPTION]
> 簡単に答えるのであれば,政府の通達等のレベルで,大正元年内閣送第30号内閣書記官長回答*1が,国定教科書の記載について,新帝即位時説を採用していたこと,大正元年民事第62号司法省民事局長通牒*2が,司法行政事務に関する文書について,翌日説を採用していたこと,大正元年官房第1420号海軍省文書*3,昭和2年秘第29号司法省刑事局長通牒*4が,即位に伴う大赦令の解釈について,午前0時説を採用していた可能性があること,昭和39年9月17・18日高知地方法務局管内戸籍住民登録事務協議会連合総会決議*5が,戸籍事務について,改元日併用説を採用していたこと,昭和42年7月3・4日福岡連合戸籍住民登録事務協議会決議*6が,同じく戸籍事務について,午前0時説を採用していたことなどを指摘することができる。
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[353] [CITE[2007-07-29 - 雑記]]
([TIME[2015-11-21 20:40:55 +09:00]] 版)
<http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20070729#GengoEd2_2>
]FIGCAPTION]
> この見解の重要な論拠は,大正,昭和の改元詔書が,「大正十五年十二月二十五日以後ヲ改メテ昭和元年ト為ス」などと日単位で記載しているのに対し,慶應以前の改元詔書が,「改貞観十九年,為元慶元年」などと年単位で記載していることである。『続日本紀』など,正史における日付の記載が,年始説に整合的であることも指摘に値するであろう*2・*3。
> しかし,反対説も譲らない。改元詔書の記載は,単に「大まか」に書いた書式が慣用となったにすぎず*4,現に,慶應以前でも,「宜改天平勝宝九歳八月十八日,以為天平宝字元年」と日単位で処理した事例がある*5,『続日本紀』の記載は,日付を整理する上での「便法」にすぎず*6・*7,実際,改元日説を基本にして整理された史書として,『類従国史』を指摘することができるというのである*8。
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[354] [CITE[2007-07-29 - 雑記]]
([TIME[2015-11-21 20:40:55 +09:00]] 版)
<http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20070729#GengoEd2_2>
]FIGCAPTION]
> 前近代の改元においては,遅くとも平安時代から,年始説と改元日説の対立がありながら,実際上,何となく曖昧な取り扱いが続けられてしまい,権威と認めるべき見解を見いだすのは困難である。まして,改元日説によった場合に,午前0時説によるのか,詔書発布時説によるのか,それ以外の説によるのかになると,さらに判然としない。
]FIG]
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[355] [CITE[2007-09-30 - 雑記]]
([TIME[2015-11-21 20:40:55 +09:00]] 版)
<http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20070930#GengoEd2_6>
]FIGCAPTION]
> これまで紹介してきた各説を整理すると,以下のようになる。ただし,平成に関しては,争いがないので掲載せず,照会文書の中で披瀝された見解については,議論の途中経過にすぎないということができるので参考として掲載した。これによれば,元号の変わり目については,諸説紛々として,確立した解釈はないというのが正当であろう。
]FIG]
]REFS]
** 終了日を超えた表現
[241] [[改元]]の情報伝達の速度や[[改元]]に従うかどうかに政治的な判断を伴う場合以外でも、
本来の終了日を過ぎて旧[[元号]]を使った[[日付]]の表記が用いられることがあります。
[242] 最新の[[元号]]の終了日は定まりませんから、将来の[[日付]]を表現する時、
最新の[[元号]]が十分長く継続すると仮定します。
実際にはその時期には次の[[元号]]に[[改元]]されているかもしれません。
[[改元]]後からみると、終了日を超えた存在しないはずの[[元号]]表記となります。
[EG[
[243] [[リニア中央新幹線]]は、平成57年 (2045年) に[[大阪]]まで延伸する予定とされています。
しかし2045年までに[[改元]]される可能性もあります。
]EG]
[EG[
[245] >>244 には「昭和62年11月1日から昭和72年10月31日まで」
のような期間の記述があります。昭和は64年までしかなく、
平成に入って改正されたらしい部分は平成で記述されていますが、
改正がなかったらしい部分は元の表記のままなのでしょう。
法的にも (適当に読み替えて) 有効であると考えられます。
[REFS[
- [244] [CITE[○銃猟禁止区域の設定]] ([TIME[2015-12-21 09:45:22 +09:00]] 版) <http://www3.e-reikinet.jp/iwate-ken/d1w_reiki/362902500924000000MH/362902500924000000MH/362902500924000000MH_j.html>
]REFS]
]EG]
[246] [[改元]]前に印刷された書類などは、作り直されることもあるようですが、
難しい場合や実害のない場合は、そのまま用いられたようです。
申請書等の書式で旧元号が印字されている場合、手書きなら、
書き直して (無視して) 新元号にしていたようです。
[248] 昭和64年付けの[[硬貨]]は、改元後の3月まで発行が続けられています [SRC[>>247]]。
[251] [[計算機システム]]には、[[昭和]]や[[平成]]を ([[改元]]に関わらず)
内部的に用いているものもあります [SRC[>>249, >>250]]。
[252] [[神武天皇即位紀元]] ([[皇紀]]) も、
本来の終了日を超えて[[神武]]擬似[[元号]]が用いられる特殊な場合といえなくもありません。
[REFS[
- [247] [CITE@ja[昭和64年の硬貨]] ([TIME[2013-05-19 03:29:51 +09:00]] 版) <http://homepage3.nifty.com/akky-han/110529.html>
- [249] [CITE@ja[昭和100年問題 - Wikipedia]] ([TIME[2016-01-12 13:31:30 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C100%E5%B9%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C>
- [250] [CITE@ja[平成100年問題 - Wikipedia]] ([TIME[2016-01-12 13:31:30 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%88%90100%E5%B9%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C>
]REFS]
** 暦との関係
[200] [[元号]]表記の[[日付]]を解釈する際には、
[[暦]]との関係に注意する必要があります。
[[元号]]と[[西暦]] (や[[皇紀]]その他の[[紀年法]]) との関係と、
明治6年以前に[[日本]]で用いられていた[[旧暦]]と現在用いられている[[グレゴリオ暦]]、
かつて[[欧米]]で用いられていた[[ユリウス暦]]との関係が複雑で、
混同されていたり、換算に誤りがあったりすることがあります。
[FIG(list)[
- [201] [[グレゴリオ暦]]への[[改暦]]より前の[[元号]]表記の[[日付]]は、
[[旧暦]]であることがほとんどです。[[改元]]日も[[旧暦]]であることがほとんどです。
しかし、例外もあるので注意が必要です。
- [202] [[太陽暦]]との関係が示されている場合、
1582年の[[グレゴリオ暦]]への[[改暦]]より前は[[ユリウス暦]]であることが多いです。
しかし[[グレゴリオ暦]]に揃えることもあります。
また[[欧米]]でも国によって[[改暦]]の時期が異なるので注意が必要です。
- [411] [[西暦]]との変換を行うプログラムの中には、
[[旧暦]]の[[改元日]]をそのまま[[ユリウス暦]]や[[グレゴリオ暦]]の日付に当てはめるものもあります。
もちろんその出力は何の根拠もない適当な値になります。
]FIG]
[636] 「[[西暦]]」というとき、純粋に[[紀年法]]として言っているのか、
欧米式[[太陽暦]]まで含めて言っているのか明確でないことも、混乱を助長しています。
-*-*-
[240] [[元号]]による[[年]]の表記は、純粋な[[紀年法]]とは違って、
[[改元日]]を介して異なる[[元号]]の[[年]]と連結されています。
[[暦]]が違っても連結点自体 ([[改元]]という歴史的事実) は移動しませんが、
それが[[暦]]のもとでどう表現されるかは問題となります。
[199] [[旧暦]]が用いられていた当時の日本の[[元号]]表記の[[年]]と、
[[太陽暦]]が用いられていた[[欧米]]の[[西暦]]表記の[[年]]の対応関係は、
[[自明]]とまではいえません。
[[旧暦]]、[[グレゴリオ暦]]、[[ユリウス暦]]のそれぞれの[[年]]の開始と終了の[[日]]は違いますから、
同じ「[[年]]」という概念であっても、別のものです。
それでも次のように考えると対応関係は定まってきます。
[FIG(list)[
- [[太陽暦]]年の[[西暦]]表記は、[[欧米]]での利用により定義されていると考える
- [[太陽暦]]年の[[元号]]表記は、明治6年以降は[[日本]]で定義されている
- [[旧暦]]年の[[元号]]表記は、明治5年以前は[[日本]]で定義されている
- [[西暦]]表記における[[年]]は、[[改暦]]点も含め、連続している
- [[元号]]表記における[[年]]は、[[改暦]]点も含め、連続している
- 従って、次のものも、 (後述する[[改元]]付近の問題を除けば) [[改暦]]前後に自然に延長できる
-- [[旧暦]]年の[[西暦]]表記 (明治5年以前)
-- [[旧暦]]年の[[元号]]表記 (明治6年以降)
-- [[太陽暦]]年の[[元号]]表記 (明治5年以前)
- こうして決めた[[旧暦]]年と[[太陽暦]]年の対応関係は、
「異なる[[暦]]の[[年]]であっても、大部分の[[日]]が重なるなら、同じ[[年]]である」
という直感的な理解と一致する
;; [171] ここでいう[[年]]の連続性は、 [VAR[n]] 年の翌年が [VAR[n]]+1 年という関係がすべての[[年]]で成立することをいいます。
[[改元]]があっても旧元号最終年と新元号元年が同一年であることから、
全体としてこの関係は成立していると考えます。
]FIG]
[174] [[旧暦]]時代の年月日や年を[[西暦]]年と月日で表記することもよくあります。
普通、この西暦年は、旧暦の[[年]]を[[元号]]表記から[[西暦]]に改めたもので、
[[太陽暦]]の年とは必ずしも一致しません。
[EG[
[198] 例えば[[関ヶ原の戦い]]のあった[[旧暦]]慶長5年9月15日/[[グレゴリオ暦]]1600年10月21日のことを、
「1600年9月15日」、「慶長5年(1600年)9月15日」、「1600年(慶長5年)9月15日」
などと表記することがよくあります。
]EG]
[173] [[旧暦]]の[[年]]と[[太陽暦]]の[[年]]は開始と終了が一致しないため、
境界付近の日付の変換には注意が必要です。年月日の変換は、年と月日に分けず、
全体として行わなければなりません。
[175] [[改元]]が[[旧暦]]の [VAR[n]] 年年末に行われた場合、
[[太陽暦]]の [VAR[n]] + 1 年の年初に当たることがあります。
その新元号の元年を[[西暦]] [VAR[n]] 年とするのは不適切で、
[VAR[n]] + 1 年とするべきだ、とする人もいます [SRC[>>29, >>22]]。その場合、
新元号元年も新元号2年も[[西暦]] [VAR[n]] + 1 年ということになってしまいます。
[[太陽暦]]との関係の記述としては間違っていませんが、[[暦]]としては不自然です。
また、[[改元日]]ではなく年初に遡って[[元号]]を改めるという扱い (>>159) とは矛盾します。
[190] そのような[[改元]]の場合、[[太陽暦]]の[[西暦]] [VAR[n]] + 1 年の年初の日付を[[元号]]表記にすると、
[[旧暦]]では旧元号 [VAR[m]] 年が最後であっても、[[太陽暦]]では旧元号 [VAR[m]] + 1
年が生じることになります。しかも新元号元年が消失してしまいます。
[FIG[
[191]
[PRE[
西暦n年 | 西暦n+1年
旧暦 旧元m年 | 新元元年 | 新元2年
-------------------+----------+------------
改元
---------+---------+-----------------------
太陽暦 西暦n年 | 西暦n+1年
旧元m年 |旧元m+1年| 新元2年
]PRE]
]FIG]
[177] 逆に公式な[[暦]]が[[太陽暦]]となった後の[[平成]]への[[改元]]は[[太陽暦]]の年初、
[[旧暦]]の年末に行われたため、昭和64年は消失し、昭和63年の途中で改元したことになりますが、
それは平成元年より1つ前の年となってしまいます。
[178] これを平成0年と呼ぶことがあります [SRC[>>84, >>179, >>183]]。
[FIG[
[192]
[PRE[
1988年 | 1989年
旧暦 S63年 | H0年 | H1年
-------------------+----------+------------
改元
---------+---------+-----------------------
太陽暦 1988年 | 1989年
S63年 | S64年 | H1年
1/7|1/8
]PRE]
]FIG]
;; [457] なお、[[太陽暦]]である[[ユリウス暦]]でも平成0年が出現します。
;; [556] [[日本の旧暦]]、[[農暦]]、[[越南陰暦]]といった[[旧暦]]のバリエーションの違いにより
0年が出現するケースもあります。
;; [542] この他、実装によっては歴史的な[[年]]初の扱いの差により便宜上0年を設けていることがあります。
[[三正]]を参照。
[193] こうした問題は[[元号]]を[[日]]単位で考えるために起こるので、
([[明治]]への[[改元]]までは) [[改元]]が年初にあった (>>159) とすれば、
違和感は少なくなります。 ([[旧暦]]、[[グレゴリオ暦]]、[[ユリウス暦]]で新元号の開始の時期が変わってしまいますが、
新元号2年、3年の年始もずれているのですから、構わないでしょう。)
ですが、そうはせずに実際の[[改元日]]を尊重して[[元号]]を決めるのが現在は一般的なようです。
-*-*-
[212] [[元号]]のない時代の[[天皇]]擬似[[元号]] (>>545) は、
[[文武天皇]]を除き、1月1日を便宜上の改元日と定めています。
通常の[[元号]]とは異なりこの[[改元日]]には意味がありませんから、
純粋に[[年]]の名称と捉えて、[[暦]]に関わらず1月1日から新擬似[[元号]]とする方が妥当である、
という考え方もあり得ます。
;; [630] 複数の[[暦]]と[[元号]]を扱う場面では、これもまた処理を複雑化させ不具合を誘発する要因ですから、
注意しなければなりません。
-*-*-
[290] [[年度]]もまた[[グレゴリオ暦]]とは[[年始]]が異なる[[暦法]]ということができ、
[[改元]]と[[年度]]名との関係の問題が生じてしまいます。
;; [[年度と改元の関係]]参照。
[REFS[
- [179] [CITE[平成0年問題/総合雑学 鵺帝国]] ([TIME[2013-05-06 15:57:45 +09:00]] 版) <http://www.nue2004.info/knowledge/knowledge108.htm>
- [180] [CITE[明治以降の「旧暦」]]
<http://rihnexap.chikyu.ac.jp/archives/getRepository.do?prkbn=2&achievementId=000019688>
- [183] [CITE[すのものの「いろいろ」(その112)]] ([TIME[2006-02-05 02:30:58 +09:00]] 版) <http://www5a.biglobe.ne.jp/~sunomono/iro0112.html#20050101081456>
- [181] [CITE[今日は旧暦で何年か: pokoponにっき]] ([TIME[2016-01-12 00:32:42 +09:00]] 版) <http://lapsang-souchon.tea-nifty.com/pokopon/2006/01/post_6979.html>
- [182] [CITE@ja-jp['''['''Tips''']'''旧暦、六曜を求める(JapaneseLunisolarCalendar)]] ([[中博俊]] 著, [TIME[2016-01-12 00:34:13 +09:00]] 版) <http://blogs.wankuma.com/ogiogi/archive/2006/11/07/43917.aspx>
- [184] [CITE[すのものの「いろいろ」(その22)]] ([TIME[2004-11-24 04:08:33 +09:00]] 版) <http://www5a.biglobe.ne.jp/~sunomono/iro0022.html#20010104171516>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[84] [CITE[HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦))]]
([TIME[2015-12-09 14:30:35 +09:00]] 版)
<http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapanese.html>
]FIGCAPTION]
> 昭和から平成への改元直後、12月1日から29日までの期間(新暦:平成1年1月8日~2月5日)は便宜上、平成0年として扱います。
]FIG]
[634] [CITE@ja[<西暦と元号の整合性>忠臣蔵・赤穂浪士はいつ「討ち入り」したのか?]]
([TIME[2016-03-17 22:43:07 +09:00]] 版)
<http://blogos.com/article/101141/>
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[635] [CITE[歴史の年月日~旧暦と新暦の誤差: エムズの片割れ]]
([TIME[2016-10-09 10:04:14 +09:00]])
<http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-e8f7.html>
]FIGCAPTION]
> 大分前だが、読売新聞にこんな記事があった。
> 「歴史の年月日 正確な表記を 笠谷和比古
> ■疑似西暦
> このように「一七〇三年一二月一四日」がまずいので、「一七〇二年一二月一四日」と表記した例も目にした。だが、先に述べたように討ち入りは西暦1703年の出来事なので、完全な間違いである。
> ■表記の改善を
> 疑似西暦を野放しにしていると、このようなトリックにからめ取られてしまいかねない。トリックとも気づかないままに、もはやどれが正しい西暦で、どれが疑似西暦であるかの判別もつかないまま、戸惑うことになるだろう。
> 歴史家として多くの本や資料に当たる中で、懸念し続けてきた問題である。早くこの病弊から脱却するために、表記が少し長くなっても、一部で実行されているように、せめて、関ヶ原合戦なら「慶長五(一六〇〇)年九月一五日」、王政復古なら「慶応三(一八六八)年一二月九日」とする書き方が適切だと、呼びかけたい。
> ◇
> かさや・かずひこ=1949年神戸市生まれ。国際日本文化研究センター名誉教授。日本近世史、武家社会論。著書に『歴史の虚像を衝(つ)く』『関ヶ原合戦と大坂の陣』『武士道』など。」(2016/09/21付「読売新聞」p21より)
]FIG]
]REFS]
** 時差との関係
[195] [[元号]]の選択には[[時差]]は考慮せず、年月日のみを使うのが一般的と思われます。
[194] [[明治]]への[[改元]]までは、[[標準時]]がなく、国内でも[[地方時]]の[[時差]]がありました。
[[大正]]や[[昭和]]への[[改元]]の時点では[[西部標準時]]などの[[中央標準時]]と異なる[[時間帯]]がありました。
[[日]]単位で[[元号]]が切り替わるとすると地域によって旧元号と新元号が同時に存在することになります。
[[昭和]]への[[改元]]までは切り替えの時刻が不明確である上、ある時刻に定めても、
[[時差]]をどう扱うべきかが問題となります。
[197] [[平成]]への[[改元]]の時点では、国内には[[中央標準時]]しかありませんでした。
[[改元]]の[[政令]]は「公布の日の翌日から施行する」としています。
[[日本国]]内はすべて[[中央標準時]]で、午前0時から[[平成]]が[[施行]]されたことは明白です。
[631] しかし、[[日本]]で1月8日となった後の (例えば) [[米国]]でまだ1月7日である間の出来事を記述するのに、
[[時差]]はあれど[[日本]]の1月7日と同じ[[日]]に属することから[[昭和]]とするべきなのか、
[[中央標準時]]に基づき[[施行]]された瞬間より後であることから[[平成]]とするべきなのかは不明です。
[534] [[戸籍]]事務では、現地時刻で1月8日以後を[[平成]]と取り扱うこととされました
[SRC[>>533]]。 ([[在外公館]]経由での手続きがあるので、[[時差]]も考慮する必要があるようです。)
** 日界との関係
[632] [[日本]]では、伝統的に[[日の出]](頃)が[[日]]の境界と考えられていました。
[[旧暦]]から[[太陽暦]]への切り替えと同時に、[[正子]]が境界と明確化されました。
それ以前であっても、知識層は[[正子]]が境界と認識しており、
[[旧暦]]はそれに基づいて計算されていました。
;; [[日界]]参照。
[633] [[明治]]以前の[[改元]]を[[時刻]]精度で扱う場合は、[[日界]]の扱いも問題となりそうです。
** 元号年と年内連番
[160] [[年内連番と改元の関係]]参照。
* 元号の運用
** 改元の理由
[599] [[改元]]が行われる理由は色々あります。例えば次のようなものがあります。
[FIG(list middle)[
- [600] [[天皇]]、[[皇帝]]等の[[譲位]]
- [601] [[天変地異]]
- [[戦乱]]
- [[吉兆]]
]FIG]
[602] [[近世]]の[[支那]]や[[近現代]]の[[日本]]では、[[一世一元の制]]により、
[[譲位]]のみで[[改元]]する運用となっています。